第17話 変な夢

 夢を見た。


 浅い眠りだからだろう、とてもぽわぽわした、登場人物の顔すら曖昧あいまいな、意味不明な夢だ。


 そこは図書室の一角で、他にひと気はない。棚と棚にさえぎられた、個室みたいになっている場所で、背の高い女子と背の低い男子が、テーブルを挟んで向かい合っている。


 女子の方はなんだか落ち込んだ様子で、頭をうつむけていた。


 一方で男子の方は、表情はわからないけど、なぜか能天気のうてんきなんだろうなと察せられる。そして案の定、なんの気負いもれもない、降りる前のまだちょっと暖かい太陽みたいな声音で、こう語りかけた。


「うんうん。そっかそっか。それは大変だったね」


「……うん。ごめんね。こんなこと話して」


「いやあ。それは別に。ぼくは記憶力わるいからさ。壊れかけのラジカセみたいと思ってよ。叩くとなにも録音してないんだ」


「えと……」


「あー、ごめんごめん。父さんがジャンクショップのオーナーだから、たとえが分かりづらくて。ううんと、そうだね。正直、ぼくにはその悩み、ちぃっともピンとこないんだけど」


 もうちょっと寄り添ってやりなよ。顔もわからないだれか……。


「でも、ちょっとした気晴らしなら提案できるよ。思うに、考えすぎなんじゃないかな。気にさわったらゴメンね。自分に余裕がなくて、周りにも緊張をあたえているように思えるんだ。それが結果としてもっと悪循環をもたらしている様な?

 うん、だからさ。もっとリラックスしようよ。なにも気負わず、単純に笑ったり喜んだりすればいいんだ。背負っているものは一端いったん見ないフリして、さ!」


「……でも、具体的にはどうやって?」


 そこで、能天気のうてんきで顔もわからないぽわぽわした記憶力のわるいだろう、だれかさんは。


 確かこう提案したんだ。


「うん。それじゃあ今から一か月間、具体的には終業式までか。ぼくとここで毎日話そうよ。いや、嫌だったら別にいいんだけど。だいじょうぶ。ぼくは口は硬い。さながら噛み合わなくなったジッパーのようにね。ギギギギギ。……ごめんね、変なやつで。こほん。とにかく、秘密は守るよ。他人にも、自分にもね。だから――――さん、今日からキミは――――」



 約束はまもる。


 たいしたことない人間だからこそ、こんな大きな世界の学校でそれを知ったからこそ、ぼくは、せめてそれくらいはできる人間になろうと思った。

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