第16話 黒紫憧さんと4月の日々⑦

 部活動紹介の順番的に、黒紫憧こくしどうさんが居るのはーーずばり茶道部の控室だった! 


 ふふ。なんて頭脳明晰ずのうめいせきなんだ。まるで蝶ネクタイ眼鏡少年のよう。だれの背がこどもか!


 控室ひかえしつとなっている部屋たちを順々に見ていく。さいわいにも部屋の前には『~部の控室』と貼り紙がされているため、ひとつひとつ中をあらためて『ハロー。黒紫憧こくしどうさんはイマスカ?』と確かめる必要はない。というか、必要だったら死んでいただろう。ぼくが。精神的に。


『茶道部控室』という達筆な文字の前にまでたどり着き、膝に手をつける。


 ハー……ハー……まって、いて……ハー……こくし、どう……うっ……さん。やばい、吐きそう。


 全力ではしったから、あたまに酸素がまわらない。だれか……きゅういん器を……ぼくは、だれ……? ここでなにをしているの……?



『おはよう、白日はくじつくん』



 ぐおおおおおお。


 似合わない! すごくすごく似合わない! まだ二回とかそこらしかご一緒していないクラスの、美少女の、そのことばをはげみに奮起するなんて。ぼくのキャラじゃない!? ぼくのキャラじゃないんだ!


 でも、なんだか知らないがあたまに蘇るからどうしようもない。どうしようもないじゃないか。嬉しくない。うれしくなんて無いんだからな!? 


 ぼくはそんな、漫画の主人公みたいな星の巡りではない。もしそうだったら、今頃、サッカー部のエースとか野球部のキャプテンとかになっていたことだろう。


 アイアム、白日はくじつゆうひ。

 スーパー、スーパー、ノーマルボーイ。

 オーケー?

 おっけおっけー!


 なんだか最後ちゃらくなった自己認識を終え、冷静さを取りもどす。よるねがちょっと混じったのかもしれない。今日帰ったら、一緒に国語の教科書でも音読するかと思いつつ、扉を開ける。


「こ、黒紫憧こくしどうさん。居る!? 実はちょっと大変なことが……」


「あ、え?」


 居た。


 黒紫憧こくしどうさんは、確かにそこに居た。部屋の真ん中あたりに。


 なで肩。

 白い、なで肩。


 茶道部の衣装だろう、アサガオの紫色が青と白の生地にえる――なで肩――とてもとても上品なお着物を着た黒紫憧こくしどうさんが――白い、肩――後ろを向けながら立っている。


 うしろ美人というのは、えてして揶揄やゆされることもある。振り向かなければ美人、という面白くもない意味が込められたりするからだ。


 しかし――これを振り向かなければ、なんて思う人間なんて、生物なんて、神様だっていやしない。


 肩までかかる少し癖がかった黒髪がね、その隙間から白い横顔が映し出される。予期しなかった来訪に驚く表情と、輝く紫色の瞳。その赤みが差し始めたほほの色とは対照的に、青海ブルーな色が、首から下を落ち着きで染めている。


 西洋画や宗教画とはちがう、派手で荘厳な印象をもって圧倒するのではなく、静かで落ち着いた中にある深みで目をとりこにする、純和風な絵図。


 それが扉を開けた先にある、黒紫憧燐花こくしどうりっかさんの姿だった。


 やばぁ…………。

 き、きれい…………。


 信じられない。人間って、ここまで美しくなれるのか。いや、ぼくが過大評価しているだけか。過大ってなんだ? おまえの小さい器で人を判断するなよ、白日はくじつゆうひ。世の中には自分よりもっともっと大きい人間がいるんだからな? 背とか。うう、ごめんよ、内弁慶うちべんけいのぼく。わかればいいんだ、なあ、外面そとづらのぼく?


 肩。

 白い、肩。


 そしてさっきからぼくの認識がバグっているのは、着直しをしていたからだろうか、そんな黒紫憧こくしどうさんが肩のみ、ちょっとだけはだけて、素肌をさらしていたから。


「あ、は、白日はくじつくん。どうして!?」


 脳が、ぐらり、と裏返った気がする。


 肩だけはだけて振り返るとか――ちょ、ちょっと花魁おいらんじゃないんだから。ぼくのお猪口ちょこより小さい器では見るにえられん。すごすぎる、という意味で。


 酸素欠乏に、心臓が止まるような衝撃、そしてハープみたいな声質に誘われ、天の国にされそうになる。ごめんな、よるね。一緒に国語の教科書を読んでやれなくて。じつはお兄ちゃん、漫画ばっかり読んでいるから漢字知っているだけなんだ。頭、そんなによくないんだ。


 ……知ってた? あ、そう。がくり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る