ある日からのラブコメ~黒紫憧《こくしどう》さんとの通学路~

まっすぐこの道

第1話 新学年初日の通学路①

 あ、そう言えば今日から高校二年生だ。


 ぼんやりちまちま人生のレベル上げをしていたら、いつの間にかその日の朝となっていた。


 顔を洗って鏡を見れば、心機一転したいけどなんだかんだ無理なんだろうなー、さち薄そうだもんなー、という雰囲気の男の子がいる。おはよう、ぼく! いえいえ、おはよう、ぼく。


 ぼくの名前は白日はくじつゆうひ。黒髪黒目の、極めてオーソドックスな十六歳だ。とりえは内弁慶うちべんけい。とりえ……? とよく聞かれるが、とりえだ。他に言いようがない。他に言える長所もない。かなしいかな。ガラガラと、うがいをして歯磨きを済ます。


 トテトテと廊下をあるく。よく高校生活は『バラ色』とか『青春の輝きに満ちている』とか言われるけど、だいぶ脚色されているよね。だってぼくの高校一年間は、要点をまとめたら三分で語れそうな、そんなインスタントなものだったし。味気ない、というか、しょっぱい。灰色の記憶がぽんぽんと浮かんできそうなので、心の鍋蓋でフタをする。


 リビングに入ると、ジャム塗ったトーストをはしからサクサクと、まるでリスのようにかじる妹がいた。性格が似ていないから本当に妹かどうか疑わしい――白日はくじつよるね、だ。ぼくの気配に気づいて、ゆっくりとこちらを振りむく。


「おー、おにいちゃん。今日もいい事が起こりそうで起こらなそうな、ぼんやりした顔してるねー」


 今年で小四になる我が妹は、兄を敬うこともなく、そうのたまう。黒髪ショートで癖っ毛、猫柄のパジャマを華麗に着こなす妹は、成長すれば人目を惹く美人になれるだろう。そんな顔立ちをしている。くやしい。しかしここで甘やかして増長させては、彼女の、引いては兄たるぼくのためにならない。心を鬼にして注意することとした。


 手をこまねくと、なんの警戒心もなくトテトテと近寄ってくる妹。バカめ! 膝の上に乗せ、頭を軽くグリグリとする。きゃっきゃっとはしゃいだ声が聞こえてきた。さては反省してないな?


「新しい学年、なにか良いことあるといいね。おにーちゃん?」


「平穏が一番じゃよ。のう、よるねよ」


「悟ったおじいちゃんみたいになっちゃったね。おにーちゃん?」


「できたてホヤホヤの高校二年生に失礼じゃと思わんか。なあ、よるねよ」


 じつに実のない会話を済ませ、互いにトーストを端から端までサクサクとかじり続ける。食事を終えたら身支度を整え、玄関先で「ばぁーい」と手を振り合った。もちろんぼくが先に出る側だ。


 玄関から通学路へと向かう途中、気持ち早めに歩いていることに気づいた。『新学年』というワードにいつの間にか浮かれていたみたいだ。いかんいかん。年度が新しくなったからと言って、景色や人生が変わる訳でもない。変わったら超常現象だ。FBIに連絡しよう。いつもの歩調へともどる。


 そうして家の塀を横切り、通学路に一歩踏み出した時、けれどいつもの光景に一つの変化が訪れていた。


「――あ、おはよう白日はくじつくん。どう昨日はよく寝れた?」


 予定にない待ち人の姿がそこにある。


 彼女の名は――たしか、黒紫憧こくしどう燐花りっかさん。

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