第4話 恋仲とは⁇

 虚を突く王太子の発言に生徒たちがざわついた。

 初耳だっただけに、皆の興味を煽りますます注目を集めていく。もうダンスパーティーどころではない。全生徒を巻き込んだ演劇の舞台と化している。

 

 それにしても、お嬢様と殿下が恋仲とはどういうことなのでしょう?


 自分たちの行いを正当化するためか、もしくはごまかすためのでっち上げ? 婚約者がいるにもかかわらず、別の令嬢に入れあげ、いじめを訴えるも確たる証拠も示せず不利な状況ですからね。

 いじめに信憑性を持たせたいのなら、目撃者も作っておかないと。ちょっと甘い。


 殿下もポカンと口を開けたまま固まっていますし、お嬢様は肩で息をする王太子を凝視していますし。

 どこからそんな情報が出てきたのでしょうか。


「俺が知らないとでも思ったのか?」


 王太子はふんと鼻を鳴らし腕を組んで殿下とお嬢様を見下げる。


「身に覚えのないことを言われて、何と答えればいいのか。誓って言うが、俺はローシャス公爵令嬢とは何もない」


 殿下は真剣な眼差しで王太子に告げる。


「わたくしも同じですわ。第一王子殿下との仲を疑われるようなことは何一つ致しておりませんわ」


 きっぱりと否定するお嬢様。

 その通りです。お嬢様と私はいつも行動を共にしておりますし、スケジュールの管理も行っております。殿下と会う機会などございませんし、会う必要性もありませんからね。それは、殿下も同じでしょう。


「嘘つけ。俺はこの目で見たんだぞ。二人が王宮の庭園で一緒にお茶をしているところをな。ああやって何度も会っているんだろう。俺の目を盗んでな」


 王太子の目撃談にざわざわと周りが騒がしくなる。

「本当なのか?」「まさか、お二人が……」などとひそひそと声がする。


 まったく何を言い出すんでしょうかね、この王太子は。

 少々退屈な学園生活を送っている者からしたら、恋のスキャンダルなんて格好の餌。皆の好奇心が色濃くなって目が輝いているのがわかる。


 いい加減にしてほしいわ。

 ないものをあると言われたお嬢様が気の毒すぎます。清く、正しく、美しく、日々を過ごされているだけですのに。お嬢様は相変わらず無表情のままですので、感情を読み取ることはできません。

 不貞というあらぬ疑いとかけられて、悲しんでいらっしゃらないとよろしいのですが。ちょっと、心配です。

 

「何を根拠にそんなことを? 王宮の庭園で二人でお茶? いつの話だ? 記憶にないが?」


 こいつ何を言い出すんだと疑問符を張り付けた呆れ顔で王太子に目を向けた殿下。

 ですよね。王宮にもご一緒する私も記憶にございませんが……記憶……


 もしかして……何やら、引っかかるものが……でも、あれは……あれが……まさか……


 と思った時には「あっ……」と声が出ていました。


 小さな声のはずが、しんと静まり返ったホールに存外に響いてしまった。王太子に殿下とお嬢様、そして生徒たちの視線が私に突き刺さった。


「君は確か、マリエ・テンベルク子爵令嬢だったね」


 殿下に名前を呼ばれて私は礼を取った。


「ルーカス第一王子殿下よりお声をかけていただき光栄に存じます」


「堅苦しい挨拶抜きで。テンベルク子爵令嬢はローシャス公爵令嬢の侍女でもあったね。声を上げたところを見ると何か思い当たる節でもあるのか?」

 

「はい。心当たりといいますか……」


 記憶を手繰って引っかかったものがあった。王宮で二人でお茶をしたという話はある意味間違いではないけれど、厳密にいえば違うともいえるのだけれども。

 

「心当たり? 一体どういうことなんだ?」


 殿下の視線が痛い。咎められているようで。生徒たちの視線が痛い。好奇心と疑念に晒されて。


「ハハハッ。やっぱりそうか。お前たちはできてたんだな」


 王太子の嘲笑う声が聞こえた。


「そういうことではなくて……」


 お嬢様は目をぱちくりとして私を見ている。意味が分からないというような表情で。


「詳細を話してもらわないと何とも言えないな。俺には心当たりがないのだから」


 そうかもしれませんね。殿下にとってはあの日のことは取るに足らない出来事だったでしょうからね。

 王太子は勝ったとばかりに口の端を上げてニヤついている。


「恐れながらお答えしますと。王太子殿下がおっしゃっているのは、半年ばかり前の出来事だと思われます。元々は王太子殿下とのお茶会が開かれる予定でした。約束の時間になっても王太子殿下はお見えにならず……」


 先は言葉を濁して伝えると


「ああ、あの時か。一緒にお茶をしたのは間違いないな。だが」


「そらみろ。やっぱり」


 王太子の横やりが鬱陶しい。


「最後まで聞け。お茶はしたが、母である側妃も一緒だったんだがな」


「はっ? 馬鹿げた嘘をつくな。俺は見たんだぞ。お前とフランチェスカが親しそうに話をしているのをな」


「どこで見てたんだ? それにお茶会の相手はお前だっただろう。それなのに、婚約者の相手もせず何してたんだ」


「そ、それは……」


 もっともなことを指摘されて口ごもる王太子。藪蛇でしたね。


 はっきり言って心当たりはそれしかないのですよね。

 殿下とお茶をご一緒したのはその日だけ。

 それにお嬢様の隣にお座りになったのは側妃様でしたし、お嬢様も側妃様とお話になられていましたし、殿下とはほんの少しだけお言葉を交わした程度。

 なので、どこをどう見たら親しい間柄と取れるのか理解しがたい。色眼鏡で見るとそのように見えたのでしょうか。本当にくだらない。遠くから眺める暇があればとっとと姿を現せばよかったものを。

 

 怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら私は王太子を睨む。

 第一王子と婚約者のいる公爵令嬢の恋愛スキャンダルかと色めき興味津々だった生徒たちの目が、冷ややかになっていく。


「所用のために母と廊下を歩いていたら、ちょうどローシャス公爵令嬢が一人庭園のテーブルについているのが見えた。一時間ほどしてまた通ると同じように一人でいるところを見かけて、気になった母が声をかけたんだ。訳を聞くと約束したはずの王太子が来ない。連絡すらないから帰るに帰れないというので、お前と連絡が取れるまで母と一緒にお茶をしながら待っていたんだ」


 ギロッとねめつける殿下の鋭い目つきに王太子はタジタジになる。

 

 どこで見ていたか知りませんが、そんなバカげたことをやる前に姿を現してほしかったですね。

 あれからほどなくして、執務が忙しく手が離せないと連絡は来ましたけれど。大方、それも苦肉の言い訳で執事の采配だったのでしょうね。


 月に何度か行われるお茶会という名の婚約者同士の交流会。

 それ以降、お茶会はなくなりました。


「い、いや。それがきっかけで付き合うことになったんじゃないか。そうだろう? 俺の目はごまかされないぞ」


「何を血迷ったことを言っている。ローシャス公爵令嬢は王太子であるお前の婚約者だ。そのような相手に懸想するなどありえない。ましてや恋愛関係などと。バカも休み休み言え」


 剣で空気を断ち切るように断言する殿下。

 その通りなので私も無言で頷いた。


 疚しさの欠片もなく堂々と言い切る殿下の姿に周りの空気がさらに冷えていった。軽蔑の眼差しが王太子に向けられる。日頃の行いの違いもありますが、モテていても令嬢と一定の距離を保っている品行方正な殿下と婚約者以外の令嬢と所かまわずイチャイチャしている王太子。それだけでも信頼度が違います。


 お嬢様の婚約者が色ボケした王太子よりも殿下だったならばと思わなくはないですが……


「嘘だ。そんなはずはない。そ、それにこいつだって。フランチェスカだって笑っていたんだぞ。俺には笑みの一つもよこさないくせに。お前の前では笑っていた。それが何よりの証拠だ。お前もルーカスが好きなんだろう? 俺には話しかけることはないくせに、楽しそうにしゃべっていたではないか」


 王太子が捲し立てた内容を私は唖然として聞いていた。

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