第3話 第一王子殿下の登場

 声の主はルーカス第一王子殿下。

 半年早く生まれた殿下と王太子は同い年である。

 艶のある栗色の髪、琥珀色の瞳。野性味を帯びた精悍な顔立ちに鍛えられた体躯。剣が趣味だとおっしゃっていたので、日頃から鍛えていらっしゃるのでしょう。

 周りの女生徒たちが色めき立つ気配がした。殿下はモテる。婚約者もいらっしゃらないので余計に。


「邪魔をするな。お前には関係ないだろう」


 割って入ってきた殿下を見るなり、王太子は顔を顰める。

 

「そうもいかないだろう。婚約破棄などと言われては放っておくわけにはいかない。俺も王族の一人として居合わせた者としてな」


 まずい奴に見つかったとばかりにますます顔を顰める王太子。


「王太子としての俺の問題だ。口出しはやめてもらおう」


「それはそうだな。婚約も婚約破棄もお前の問題だ。だが、学園でのいじめに関しては生徒会長として看過できないな。そのようなことが起こっていたのであれば、徹底的に調査をして再発防止に努めなければいけない」


 婚約破棄について物申すのかと思っていましたが、いじめのほうですか。殿下って、正義感が強かったのですね。殿下の言葉にざわざわと周りが騒がしくなってきました。


 男爵令嬢が王太子の袖をキュッと掴んで青ざめている様子が目に入る。当事者ですものね。こちらには非はないとわかっていますから、堂々としていられますが、男爵令嬢はどうなんでしょう? 心境を聞いてみたい気もします。王太子が味方だから、嘘をついても大丈夫と高を括っているかもしれませんが。 

 

「何をそのような。すでに証拠は挙がっている。今更調査することでもないだろう」

 

「そうかな? 現にローシャス公爵令嬢は否定をしている。そうだよね?」


 同意を促すように目を向ける殿下に 


「はい。わたくしは全く身に覚えがありません」


 お嬢様は首肯する。


「それで、ダウザード男爵令嬢はどのようないじめを受けたのかな?」


「……ベルさまぁ。怖い」

 

 怯えたように王太子の腕にしがみつく男爵令嬢の肩を抱きしめて、ギッと殿下を睨みつける。


「こんな怖い思いをしているのに、まだ痛めつける気か? いい加減にしろ」


「状況をきちんと把握しなくてはまた同じことが起こるかもしれない。それを防ぐためのものだ。ダウザード男爵令嬢のためにも犯人を明らかにしないと安心して学園生活を送れないだろう?」


 至って冷静な殿下の物言いに王太子も黙り込んでしまう。

 その通り。お嬢様ではないとはいえ、いつまでも疑われたままでは気分が悪いですからね。さっさと白黒をつけてもらいたいものです。


「それはそうだが、しかし……」


「ベルさま、大丈夫です。わたし、頑張ります」


 胸の前で両手で握りこぶしを作る男爵令嬢を愛おし気に見つめる王太子。

 何を見せられているんですかね。あなたたち婚約者同士でも恋人同士でもありませんけど。周りの空気がひんやりとしてきたのは気のせいではないはず。


 お嬢様は無表情で二人を見ています。なんの感情も読み取れません。もともと、表情変化に乏しいお嬢様でもありますが、はなから興味対象外なので感情も揺れ動かないのでしょうね。


「えっ……と。始めは……教科書が、無くなっていて。忘れ物をしたのかなって思っていて、でも家を探してもなくて、あれって、思っていたら教室のごみ箱に捨てられていて……」


 つっかえつっかえ、時にはぐすっと涙ぐみつつ、おずおずといった体で話し出す男爵令嬢。

 これが演技なら……演技でしょうけれど。人気女優になれるのではないかしらね。卒業後は女優を目指すことをお勧めするわ。


 それにしてもせっかくのダンスパーティーが台無し。

 生徒会長の権限でこの茶番劇をさっさと終わらせてくれないかしら。


 ずっと立ちっぱなしだし、お嬢様は大丈夫かしら? お疲れではないかしら。これ以上長引きそうなら、椅子をお持ちして座っていただきたいわ。場所を移すのもいいと思う。他の生徒たちには関係なさそうですし。


「そして、次の日は教科書が破られていて……机の上に散乱していたんです」


 ポロリと涙をこぼして話す男爵令嬢の背中を励ますようにさする王太子。仲が良くて結構なことですわね。


「それで、誰か目撃者はいるのかい?」


「いえ、移動教室から帰ってきた時なので、誰も見ていないんです」


「そうか。他には?」


 殿下は先を促す。


「あとは……ダンスの練習に使うドレスが、破られていたことがありました」 

 

「ドレスか……個人のロッカーにしまうことになっているはずだよね。鍵も各々が管理しているはずだが」


 そうですね。ドレスは個人の所有物なので管理は本人が責任をもって行うことになっている。ドレスは嵩張るし持ち運びも大変なのでロッカーにしまっているのが当たり前になっている。鍵をかけるのだって常識である。

 

「でも、鍵が壊されていて……ドレスがめちゃくちゃになっていて、授業で着れなかったんです」


 男爵令嬢はその時のことを思い出したのか、ぐずぐずと泣き始めた。


「コレット……」


 王太子も同情しているのか痛ましい顔をしている。


「俺もドレスを見せてもらったんだが、まるで憎悪に駆られたかのように切り裂かれて、無残な姿だった」


 お前がやったんだろうとばかりに王太子は顔を歪めてギッとお嬢様を睨みつける。


「鍵を壊された? 生徒会のほうには上がってきてないな。備品が壊れた場合の修理は学園でやってくれるが、報告だけでもこちらに上がってくるはず。だが、そんな報告は受けていないな」


「そうだったのか? そんなことは知らなかったから内々で済ませたんだが、コレットがいじめられていることを知られたくないって言っていたから」


「あの……ごめんなさい」


 男爵令嬢がぺこりと小さく頭を下げる。


 王太子の権限で学園側を丸め込んで口止めでもしていたのでしょうね。自作自演の線も含めて疚しいことがあるから、公にしたくなかったのかも。しっかし、何がしたいんでしょうかね。


「それで、その時の目撃者はいるのか?」


「いえ……人の気配なくて、その、気づいた時には、すでに破かれた後だったので」


 これも目撃者なしとは都合がいいこと。


「それで、よくローシャス公爵令嬢がいじめていたと言えるな」


 半ば呆れたように男爵令嬢を見遣る殿下は大きくため息をついた。


「だって、他に心当たりが……」


 冷たく一瞥されて男爵令嬢の声がしりすぼみに小さくなっていく。


「ルーカス。これ以上、コレットを責めるな。一番苦しい思いをしているのは彼女なんだぞ。それなのに、否定ばかりしてコレットの言い分を聞こうともしない。それでも生徒会長なのか? 弱い者に味方をするのが当たり前のことだろう」


 男爵令嬢を背に庇いながら王太子が捲し立てる。


「別に責めているわけではない。公平に判断するために状況を把握したいだけだ」


「ははっ。それは詭弁だろう? 俺の目にはお前があいつの味方で肩入れしているようにしか見えないんだがな」


 あちらが明らかに不利だから、彼女を庇うために難癖付けてくるのでしょう。

 婚約者を取られた哀れな公爵令嬢が嫉妬に狂って嫌がらせをしていると訴えて、殿下の寵愛を名実ともにしたかったのかしらね。


「ベルナルド。お前は王太子なのだから、もっと冷静に広い視野を持たないと。懇意にしている令嬢だからとすべてを鵜吞みにするのもどうかと思うが」


 もっとなことを言われて諭されてカッと頭に血がのぼった王太子。真っ赤な顔をして両手のこぶしを震わせていた。

 男爵令嬢は背中越しに殿下とお嬢様の様子を交互に伺っている。悪びれている様子はなさそう。

 お嬢様の表情は無のまま。若干飽きてきていらっしゃるのではないかしら。

 

「黙れ。俺に指図をするんじゃない。それよりも俺は知っているんだぞ。ルーカス、お前、フランチェスカと浮気をしているだろう。お前こそ不貞を働いているんじゃないか」


 王太子の衝撃的な発言に会場中が凍り付いてしまった。


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