英雄伝記

みみくろん

プロローグ・前編

 木漏れ日が自分を照らす。心地よい風が吹き芝をゆらゆらと揺らして、ざわざわと木の枝が葉を鳴らす。

 気持ちのいい日だ。天気も良くて、強い風も吹いてない。涼しい木陰の下で寝息を立てて眠る。聞こえるのは風がささやく音と、小鳥の歌だけ。

 そんな心地の良い音色を切り裂く大きな声が轟いた。


「お――――い!ユーディアル!」


 うるさい声に意識が浮上する。上半身を起こして、目をこすりながら彼を見た。


「一体なんだよ……アゲット」


 うるさい声を放つ彼はアゲット。幼いころから仲が良い、いわゆる幼馴染というものだ。


「一体なんだって……今日は一緒にお祭りを見に行く日だろ?もしかして忘れたのか?」


 お祭り……ああ、思い出した。

 今日は彼と『火炎演舞かえんえんぶ』と呼ばれる祭りへ行く約束をしていたのを思い出した。

 『火炎演舞かえんえんぶ』とは、自分たちが住んでいるヒュードル王国の伝統的な祭りだ。ヒュードル王国は火を象徴する神様を祀っていて、その神様にいつもの感謝を踊りで示す。年に一度行われる伝統行事で、毎回見に行っていた僕はもう見飽きていた。

 

「ごめんって……でも、踊りがあるのは夜だろ?今から行ったって何もないよ」


 そんな疑問をぶつけると、アゲットはにっこりと笑った。


「屋台の手伝いすんだよ!ほら、行くぞ!」


「え……ちょ、」


 アゲットは乗り気じゃない僕の手をつかんで無理やり引っ張った。アゲットは鬼人オーガだからか、力がとても強い。振り払うことはできない。

 アゲットは昔からこんな奴だった。いろんな人の手伝いをして、村のみんながアゲットのことを知っている。てんで僕は人見知りで、友達も少ないし、村の人ともあまり関わりは無かった。

 正反対な僕とアゲットだが、僕は嫌いじゃないし、そんな性格に助けられているところもある。まあ、今日のように振り回される日も好きなくないのだが。



「よお!おじちゃん!なにか手伝うことあるか?」


「おお、アゲットじゃないか!……後ろの坊主は?」


 屋台の準備をしていたおじさんがこちらを見る。僕は気まずいので、アゲットの後ろへ回った。

 

「ああ、俺の友達!一緒に屋台の手伝いするぜ!」


 ばしばしと僕の背中を叩くアゲット。とても痛い。

 ふと目線を外して周囲を見渡してみた。この屋台だけではなくたくさんの屋台が今日の夜に向けて準備をしていた。伝統的で有名なお祭りだからか、この村の外から来た人たちも少なくはなく、いつもよりこの村全体が賑わいを見せていた。


「よぅし!じゃあこの箱を向こうまで運んでくれ!」


 そう言って屋台のおじさんは山積みの木箱を指した。10歳の僕たちには大きい箱だ。持ち上げようと踏ん張ってみたがびくともしない。


「よっ……と」


 アゲットはそんな箱を軽々と持ち上げて運んでいく。流石は鬼人オーガだ。僕はアゲットが1つの箱を運ぶ時間の2倍の時間を使ってようやく運び終えた。一体何往復すればいいんだろうか……。


 日が暮れてきた時間にようやく僕たちは木箱を運び終えた。今年で一番運動をした日かもしれない。ゼエゼエと息を切らしているところにアゲットがやってきた。


「お疲れ、ユーディアル!久しぶりに体を動かした気分はどうだ?」


「疲れた……もう動きたくないよ……」


 ゲラゲラと大きく笑って、アゲットは水を差しだしてきた。乾ききった喉に水を流し込む。こんなに水がおいしいと思ったのは初めてかもしれない。


「屋台のおっちゃんが助かったって笑ってたぞ!それで、ほら。これもおまけしてくれた」


 そう言って、アゲットは肉の串焼きを2本見せてきた。そのうちの1本を僕に手渡して笑いかける。


 嬉しい。やってよかった。


 人とかかわるのが楽しくて嬉しい。そして、やったことに対してのやりがいを感じたのも今日が初めてかもしれない。アゲットは僕にいろいろなことを教えてくれる。本当にいい友達を持った。

 パクっと串焼きに二人で食らいつく。この時食べた串焼きはとても美味しかった。


 *

 

「ほら早く!始まっちゃうだろ!」


 人ごみの中、アゲットはぐいぐいと僕の手を引っ張る。腕がもげそうになりながら必死にアゲットと共に走る。

 僕たちはあの後、いろいろな屋台を回った。食べ物屋やおもちゃ屋、ジュース屋など。まあ、ほとんどが食べ物屋だったのだが……アゲットの食欲には本当に呆れる。

 屋台に夢中で、踊りの開始に間に合わなそうな僕たちは今こうして走っている。


「ぅわっ!!」

 

 人ごみに揉まれアゲットの手が離されてしまった。まずい、早く追いかけないと。

 そう焦りを覚えていると、自分の体が浮く。なんだと思い下を見ると、屋台の準備を手伝ったおじさんが僕を持ち上げいた。横を見るとアゲットも同じように持ち上げられている。


「よう、やんちゃ共。踊りを見るんだろ?おじさん、いい場所知ってるぞ。今日のお礼だ、連れてってやるよ」


 おじさんは僕たちにウインクを飛ばす。僕たちは一度目を見合わせた後、おじさんにこう言った。


「「お願いします!」」


 


 

「本当によく見えるな!」


 連れてこられた場所は舞台近くの建物の屋根だった。あのおじさんの家らしく、特別に貸してくれたのだ。

 舞台が設置されているのは村の中心にある大きな広場。舞台を中心にたくさんの観客が押し寄せ集まっている。


「うん。そうだね」


 アゲットの言葉に頷く。この中にいたらきっと僕はもみくちゃにされていたんだろうな……。

 嫌な妄想をしていると、舞台から真っ赤な炎が上がった。開幕の合図で、観客たちもワッと大きな盛り上がりを見せる。

 

「あ、始まったよ」


 言わずとも分かっているようで、アゲットは舞台に目線を向けていた。僕も同じように舞台へ目線を移す。

 踊り子達が舞台の上で舞い、両端が燃えている松明を舞いに合わせて振り回す。灼熱の踊り、神様への感謝の踊り。それは何度見ても美しかった。

 この炎が特徴的な演舞も、この国が『火の国』と呼ばれている理由の1つなのだろうと思う。


「熱そうだね……いつも思うけど、火傷しないのかな」


「知らないのか?あそこで踊ってるのは火属性のリザードマンだ。火を浴びても火傷しない肌を持ってるんだぞ!かっこいいよな~」


 羨ましそうにアゲットは呟く。僕にとっては君十分羨ましい存在なのだが……。

 そんな言葉は飲み込んで舞台を見る。勇ましい踊りを見ながら、アゲットと買った食べ物を頬張る。

 踊り子は火の灯った松明を回して、上に投げてキャッチして、持ったままダイナミックな踊りをして……。それは観客全員の目を奪った。



「すげえ!今年の踊りもすげえな!ユーディアル!」


 キラキラと目を輝かせるアゲットはそう声をかける。舞台の炎のせいか、本当にキラキラと輝いていた。


「うん、そうだね。僕も……この踊り大好きだよ」


 アゲットの言葉に頷く。

 今日はなぜだか、いつもよりもこの踊りが美しく思えた。

 

 昼頃に手伝いをした屋台のおじさん。近所のおじさん、おばさん。そして、僕の親友アゲット。

 みんなの目に揺らめく炎が幻想的で、演舞の炎のせいか、この感情のせいか、体が温かかった。


 ああ、こんな日が毎日続けばいいのにな。

 

 そんな希望を胸に抱く。


 


 だが、そんな希望は簡単に打ち壊されることになる。


「きゃあああああああ!!!!!!」


 甲高い悲鳴、観客のどよめき、すべてを燃やし尽くす炎、そして――



 1つののせいで。

 

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