時空警察 ~サイバーパンク江戸は宇宙の砂塵に包まれる~
舶来おむすび
「どっちが狂ってんだろうな」と誰かが言った
時は江戸。
エレキテルが空を飛び、長屋の片隅で春画が
とある浮世絵師の作品で有名な日本橋のたもとにて、大捕物が繰り広げられていた。
「動くな! 警察だ!」
「はい止まってください、時空警察ですー。過去史改竄の現行犯で逮捕しますねー」
橋を駆け抜けようとした男たちの前に、光学迷彩のスーツに身を包んだ男女のペアが立ち塞がる。その手に握られた銃を認め、改竄犯たちは慌てて身を翻した。
が、背後は今しがた彼らを追いかけてきた別動隊──こちらも時空警察の警官たちだ──が塞いでいる。
そして左右は、野次馬と化した通行人たちによって足止めされていた。
完全なる詰み。逃げ場はない。
一瞬うろたえた男たちだったが、すぐさま男女二人を鋭く睨み返した。
「くそっ、統一政府の犬め! そんなに教科書通りの歴史を守りたいのか!」
「いや別に」
「仕事なんでー」
死ぬほどノリの
ペースを完全に奪われた改竄犯たちは、そこから大した反撃もできず、おとなしく一網打尽にされる羽目になる。
事態が鎮静化したと見て、野次馬も解散。
めでたしめでたし、これにて一件落着──とはならないのが、時空警察の仕事だった。
「さて。わかっていると思うが、この世界を元通りにするまでが我々の業務でな」
「江戸時代に本来ありえないモノや現象がゴロゴロしてるの、あなたがたの仕業でしょー?」
「そこで、君たちに協力を……」
男たちが揃って高笑いを始めたのは、その直後だった。
「協力? 誰がするか!」
「この歴史はもう止まらないぞ! 我が組織が開発した『
「もはやお前たちのような木っ端役人ではどうにもならんわァ!」
警官たちの間に緊張が走る。
時空警察の最大の敵・謎の犯罪組織『X』が発明した、高度な演算装置。言葉を解せぬ赤子でも複雑な歴史改竄ができてしまう、どこぞの青狸ロボットもドン引きな便利グッズである。
これで弄られた歴史を元に戻すのは、例えるなら『時間が経った茹でそうめんを、途中で切れないように1本ずつ剥がしていく』ような面倒臭さなのである。というかぶっちゃけ不可能に近い。
あまりにも厄介な真相が開示されたが、男女はそれを聞いても顔色ひとつ変えなかった。
「大方そんなこったろうと思ってましたー。で、どうします警部?」
「愚問だな警部補。かくなる上は『プランB』の申請を急げ」
「了解ですー」
男が指示を飛ばすなり、女の方が腕時計型デバイスを口元へ近づける。
プランB、と聞いてにわかにそわそわし始める警官たちを、改竄犯は不審げに見上げた。
「E-250-NP警部補より、犯人確保。現時点での改竄ポイントをまとめたレポートを送信。同時にプランBの発動許可を申請」
『本部、レポートを受諾……確認。最適な対応策を検索……抽出。プランBによる対応の効力、94%と判断。プランBの発動を許可。対象は30秒後にそちらの座標へ到着予定、衝撃に備えよ』
合成音の返答を聞き取るやいなや、女はパンパンと手を叩く。
次の瞬間には、その場にいた全員がパトロール艇の中に収まっていた。先程まで大捕物を繰り広げていた場所は、いまやはるか遠く、眼下で米粒くらいの大きさになっている。
強制テレポートに目を白黒させる改竄犯たちの目の前で、女は「ごめんなさいねー」と手を合わせた。申し訳なさの欠片もねえ口調だった。
「というわけで退避しますよー。担当者は操縦席へ、さっさと我々の時代まで帰りましょー」
「やめろ離せっ、我々には最後まで見届ける義務が……!」
「残念ながら、プランBが発動された時点でそっちの負けだ」
男が指を鳴らすと、改竄犯たちは力ずくで引き立てられる。そしてそのまま、パトロール艇でいっとう大きなスクリーンの前に座らされた。
「何の真似だ」
「せっかくだし、君たちにも見せておこうと思ってね。我々の切り札を」
「馬鹿な、ありえない!
食ってかかった犯人のひとりが、不意に口をつぐむ。
感じたのだ、足下から伝わる振動を。
真空の宇宙空間では起こるはずもない、不思議な揺れの存在を。
「……これは、一体……?」
「地鳴りだよ。いや、時空鳴りとでも言うべきか」
男たちの前には、彼らが改竄した江戸時代の日本が映し出されている。
澄み渡った青い空の一角が、何の前触れもなく歪んだ。ねじくれた空間は収束し、ブラックホールを思わせる巨大なゲートに変貌する。
道行く誰もが引きつった顔で見上げる先、改竄された歴史を睥睨するように口を開けた『それ』の向こうから、振動の正体は遂に姿を見せた。
「なん……だ、なんなんだアレは⁉」
脚。
無数の、水牛の脚。
ゲートを半ば引き裂く勢いで現れたそれが、日本橋を真上から踏み潰した。
「11次元バッファローだ」
「は?」
「知らんのか? 勉強は大事だぞ。ちなみにあの一頭一頭が、小銀河ほどの大きさでな」
「……は?」
改竄犯たちの脳は混乱の極みにあった。お互いに統一言語を話しているにもかかわらず、相手の言っていることがわからない。
固まってしまった男たちを哀れむような目で、警部補の女が口を挟んだ。
「かいつまんで説明しますと、彼らはこの広大な宇宙を彷徨うバッファローの群れでしてねー。ああ、何故バッファローなのか、なんて訊かないでくださいよ? 我々も知らないんですから。アレが走り抜けた後は草木も生えぬどころの騒ぎじゃありません、
というわけで。
女は、心底楽しそうに微笑みながらモニターを指し示す。
「これこそ秘蔵の『
改竄犯たちの目の前で、世界が踏み潰された。
疾駆するひづめの群れに、人々が、建物が、巻き込まれる。
が、嵐が去った後、その場に死体や廃材はない。ただ空っぽの闇が、踏まれた跡に沿って虫食いのように残っているばかり。
海も、空も、風景も、すべてが欠片も残さず消えていく。
11次元バッファローによる破壊は、あらゆる事象をゼロにする。
「いやっ、待て待て待て!」
「だってこんな、ここまでするのはおかしいだろ!」
「俺たちのこと言えねえじゃねえか、なあ⁉」
悲鳴のような声を漏らす男たちに、警部も警部補もカラカラと笑った。
「大丈夫ですよー。意外と知られてないんですが、過去史には自己修復機能がありましてー」
「お前たちの改竄からまださほど時間が経ってないのが幸いしたな。過去史の場合、改竄結果が未来に反映されるまではかなりの時間がかかる。反映が終わる前に、いったん取り返しがつかないレベルまで破壊すれば、未来からの観測によって自動的に過去が再構成されるんだ」
「ものすっごい荒療治なので、多用すると我々の存在も危うくなりますけどねー」
言っていることがわからないターン、再び。
はっきりしているのは、自分たちの計画が見るも無惨に潰えたこと、それだけ。
「ま、その辺はぜひ勉強してくれ。刑務所内には時空問題を取り扱った書籍も充実しているはずだからな」
改竄犯たちの肩をフレンドリーに叩いて、男は踵を返した。
部下たちに鋭い声で指示を飛ばすのと同時、モニターが消える。『パトロール艇はこれより飛行体制に入ります』という赤文字が、男たちの目の前でチカチカと点滅していた。
警部の後に続き、女も立ち去ろうとした。
「……ひとつだけ、教えてくれ」
が、その言葉にふと足を止める。
「何ですか?」
「バッファローは、あの後どうなるんだ」
「……あー、モニターでは見えませんでしたよねー。実は、彼らの向かう先にもうひとつゲートを開けてるんですー。今回で言えば、日本列島を2つのゲートでサンドイッチして、その間を11次元バッファローに走らせたって感じですねー」
なるほど、と誰からともなく感嘆の息が漏れた。
「あんなバケモノを飼い慣らしてるんじゃ、俺らが勝てるはずもない、か」
負けだ。完膚なきまでに。
妙に晴れ晴れとした気分で、男たちは警部補を見つめていたが。
一方の女は、形のいい眉毛をピンと跳ね上げて首を傾げた。
「何言ってるんですかー? 飼えるわけないじゃないですか、あんなバケモンー」
「……は?」
「11次元バッファロー自体は、時空の狭間を勝手にあちこち走り回ってるだけなんですよー。こっちは彼らの群れを探知して、そこから時空トンネルを意図的に繋げて誘導しているにすぎませんー。今回はパトロール艇に逃げ込んで無事でしたが、バッファローが急に向きを変えたせいで二階級特進した先輩後輩もいますからねー?」
じゃあ、何か。
一歩間違えたら自分たちの命も危うくなるような手段を、あんなケロッとした顔でやってのけたとでも言うのか。
「……頭おかしいのかお前たち?」
いよいよ混乱の極みと言わんばかりの声に、女は天を仰いで笑った。
「お忘れかもしれませんが、タイムスリップでの死亡事故発生率は未だに4割を切ってないんですよー? それでも時空を超えてテロリズムをやりたがるあなたがたに、付き合っているのが我々時空警察ですー。まともなわけないじゃないですかー!」
改竄犯たちはがくりと肩を落とした。
ぐうの音も出ねえ正論だった。
時空警察 ~サイバーパンク江戸は宇宙の砂塵に包まれる~ 舶来おむすび @Smierch
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