第3話 一方的な友達コール

 それからクラスのみんなの質問責めにはあったが、浩之が言ってくれたおかげでみんな俺に配慮しながら聞いてくれるようになった。


 人なんて嫌いだ。でも一人で生きられないのも人間だ。表向きをつくろっていればなんてことはない。俺はあっさりクラスのみんなとそこそこ仲良くなった。


 その隣から、嫉妬に満ちた視線を感じる。


 わかりきっているけれどそちらを見ると、ぶすくれた様子の浩之が頬杖をついてこちらを見ている。いや、友達じゃないって宣言したじゃん。なんだその友達面は。


 あんなにきっぱり断ったのにまだ諦めていないことが純粋に驚きだ。俺の本性を知っているのだから、あれは完全な拒絶だというのがわかるだろうに。


 そんなことを繰り返していたらあっという間に放課後で、俺は一人で帰るためにクラスのみんなの誘いを断って下駄箱までやってきていた。


 ふと、そこで気配を感じる。この気配は。


 さっとその場から逃げる。すると飛びつこうとしていた浩之が盛大に廊下にすっ転んだ。ああ、あれは顎からいったから痛いぞ。


「よげるごどないじゃん!」


「すまんな。これでも危機管理能力は人一倍あるほうなんで」


「ぶー……。いやまあ、いいけどさ。瑛太、なんで猫なんて被るんだ? 普通にしててもかわいいと思うけもがっ!?」


「人間には知られたくないものの一つや二つあるんだよ。どうせ、一緒に帰ろうとかそういうのだろ? 悪いけど、だるいんだよそういうの。友達でもないのに友達面してなんか得すんの? 彼氏候補だっていうならお断り」


 限りなく冷たい態度でようやく起き上がり始めた浩之を冷たい視線で見下ろす。そんな俺の視線を受けて、瑛太は真剣な表情になった。


 ようやくわかってくれたか。学校の連中とは学校では仲良くするけど、友達とか本当にいらないんだ。


 浩之は立ち上がりズボンとかブレザーについた埃を払うと、俺の目の前に立った。


 お、殴ろうってか? それなら楽だ。痛いだろうが、悲鳴をあげればこいつとは二度と関わらなくて済む。


 そんな俺の考えとは裏腹に、瑛太は俺の両肩に両手を置いた。そして、すごーく真剣な顔をして言った。


「友達になろう」


「……はあ?」


 あれだけひどいことを言ったのに、それでも友達になりたいと? 頭おかしいんじゃないかこいつ。さすがの俺のドン引きだよ。


 浩之は真剣な表情を崩さないまま、まっすぐ俺を見て、にかっと笑った。


「瑛太がガチで友達いらないってのはわかった。でも、おれだって瑛太と友達になりたい。だって瑛太の歌好きだし、本当はいいやつだってあのとき思ったから」


 あのときというのは、ストリートライブをしていたときのことだろうか。あのときは歌を純粋に褒められたのが嬉しくて気が動転していただけで、いつもの俺なら冷たく突き放しているところだった。


 ここでほだされてはいけない。だって、裏切られるのは、くるしいから。


「あのときは気が動転してて……」


「そういうときほど人間本性出るって言うだろ? 本当に瑛太が冷たい人間なら、あそこでライブをやめて逃げてたはずだよ。違う?」


「それは……」


 正解だ。こいつ、アホのふりして本当は頭がいいんじゃないか。それくらい、的確に正解を言い当ててみせた。


 でも、だからなんだ。それだけで友達になれるわけがない。俺は一人がいい。もう二度と、人の温かさになんて……。


 そのとき、手にクラスメイトに質問攻めにあっていたときの暖かな手が俺の手に触れる。


「今日だけ一緒に帰ろう? それでやっぱり嫌だっていうなら、俺も諦めるからさ」


「……後悔しても知らねえぞ」


「そうこなくっちゃ! 行こうぜ!」


「ちょっと、おい!」


 瑛太は立ち上がって俺の手を取ると、俺たちのクラスの下駄箱があるほうに走っていった。そして上履きからローファーとスニーカーに履き替えると、そのまま手を繋いで校庭の前を通って歩いていく。


 浩之のことだから自分のペースで歩くのかと思ったら、意外とこちらのペースに合わせて歩いてくれる。なんだか本当に友達になったみたいで、俺の頬がかあっと赤くなる。


「ん、手繋いで歩くの初めて?」


「いや、普通見た目男女が手を繋いで歩いてたら恋人に見えるだろうが!」


「恋人か。さすがにまだそこまでは考えられないけど、友達にはなりたいんだ。さっきも言ったけど、瑛太の歌のファン第一号だからな、おれ」


 ファン、か。懐かしい響きの言葉がすとんと心に落ちてくる。懐かしい言葉は懐かしいだけ、現在も残っているわけではない。


 俺はその言葉を首を振って振り払うと、繋がれたままの手を振りほどこうとするが瑛太の力は男だけあって強い。こんなとき俺が男だったらなあ。


「そんなに手繋ぐの嫌?」


「嫌。恋人じゃないんだからさ」


「それは確かにそうかも……。じゃ、離すね」


 浩之があっさりと手を離してくれたことに安堵しつつ、俺はあのとき俺を救ってくれたぬくもりが離れていくのをほんの少し寂しいと思ってしまった。


 いけない。浩之の優しさに甘えている証拠だ。もっと自分を律して、一人でいるよう心がけなければ。


「そういえばさ、行きたいところある? っていうか、門限ある?」


 唐突な質問だった。門限があるならストリートライブなんてできるはずがないだろうに。


「そんなに遅くならなければ怒られない。そっちは?」


「おれもそんな感じかなー。勉強とか飯とか風呂とかあるから7時には帰ってなきゃだけど」


「ふうん」


「見たいアクション映画あるんだけど、一緒に見に行かない? チケット代は俺が出すからさ」


 アクション映画か。男だったころはよく見に行ってたっけ。


 そこで思考にノイズが入る。母さんの怒号が頭の中にフラッシュバックする。


「瑛太?」


 不思議そうに浩之に声をかけられ、俺ははっとする。


「う、ううん。なんでもねえよ。最近発表されたアレ?」


「そうそう。宇宙からの侵略者に超科学で挑むやつ! もう想像するだけでわくわくするよな! 瑛太もそう思うだろ!?」


「お前の能天気さには感動すら覚えるよ」


「えー!? これでもおれ、賢いつもりなんだけどなあ」


 うーんうーんと考えこんでしまった浩之を放っておいて、俺は母さんのことを思う。


 俺がTS症候群になって人生が狂った母さんのために、俺は幸せになっちゃいけない。友達とか、恋人とか、結婚とか、そういうのを考えちゃいけなかった。考えたら、それは母さんへの裏切りになる。


「瑛太ー? さっきからぼーっとしてどうした?」


「え、あ」


 いつの間にか俺たちは校門まで歩いてきていたようだ。車道にあと数歩で入ってしまうところを手を握られて止められる。


「あ、ありがと」


「いーってことよ! んじゃ、いざ映画館! 俺たちのアクション映画が待ってるぜ!」


「大声出すのやめてもらえる?」


「むむむ」


 なにがむむむ、だ。そう言いたいのはこっちのほうだっつの。


 一人でテンションを上げている浩之を横目に見ながら、俺たちは通学路から一本道を脇に逸れるとある繁華街に向かった。

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