11.仕組み
次の日の朝。
「……レクサル……僕は、ここから先、一人で進みたいんだけど」
昨晩、よく眠れず身体が怠かったものの、無理やり起きたシュメルヴィは、レクサルにそう頼んだ。
用意された朝食には、まだ一口もつけていなかった。淹れてもらった茶も、一口も飲んでいない。冷えていく一方だった。
「僕のこと、面倒でしょ? だから……僕一人で行くよ、これ以上迷惑かけたくないし」
そうは言ったものの、本当のところは。
――とにかく、レクサルと一緒にいると、気分が悪くなることに気付いたからだった。胸の中にあるもやもやが、常に膨らんではぐるぐると渦巻くのだ。
決してわがままではないと、シュメルヴィは思った。
レクサルは、のんびり茶を啜り、そして傍らに置けば言った。あの微笑みで。
「そんなことはないよ。それよりも、僕は君の親友だから、だからこそ一緒に行かないと」
けれどもその笑みは本当に親友に向けるべきものなのだろうか、とシュメルヴィは思う。
そして「親友」だなんて。
「……親友って言うのなら、僕の頼みを聞いてほしいな」
本当に自分を心配してくれているのなら。本当に自分のためを思っているのなら。
――親友なら、そうするべきではないだろうか。
そう思ったものの、
「そうは言われても、僕は君を一人で行かせるなんて、できないよ」
レクサルは、食事を進めて、
「君は『星憑き』で大変な状況だ。だから大変な状況の時こそ、親友がそばにいないと。ついていかないと。助けないと」
助けないと、だなんて。
果たして自分は、本当にレクサルに助けられているのだろうか。
そもそも、親友だから、何かしなければならない。その考えは、一体何なのだろうか。
確かに、『街』ではそう教えてもらった。親友が大変な時は、寄り添うべきだと。そうするのが決まりだと。
――決まり、なんて。
冷静に考えれば、あまりにもおかしな決まりだ。縛りつけの決まりだ。
そう考えて、シュメルヴィは気付いた。ぬるくなった茶を、一口だけ、飲む。
……きっと、レクサルは、親友なんかではなかったのだ。
親しい友、なんかではない。ただのペア。
「……お願いレクサル。僕の頼みを聞いてくれないかな」
それでも、シュメルヴィがそう繰り返したのは、
「……僕、これ以上君に、苛々したくない」
レクサルが本当に親友であると、信じていたかったからだった。
『街』を出る時、レクサルがいて、本当に嬉しかったのだ。
――これ以上、レクサルを嫌いになりたくなかった。
だが。
「……シュメルヴィ、僕は君の親友だよ? そして君は僕の親友だよ?」
レクサルは、まるでそれしか知らないと言うように。
「どうするべきか、教えてもらったでしょ……決まりは大切だよ。それでも君がそういうのなら、それは、わがままだよ。子供のすることだよ」
シュメルヴィは言葉を失った。レクサルは続ける。
「……きっと、そんなわがままを言ったり、決まりを破ろうとするのも『星憑き』のせいなんだね……大丈夫、謝らなくても。仕方のないことだもの」
気付けば、レクサルは朝食の全てを食べ終えていた。シュメルヴィの朝食を見れば、ほぼ用意されたまま、残っていた。
レクサルは立ち上がり、テントの片付けに取り掛かり始めた。
「ほら、シュメルヴィも早くごはん食べて。ちゃんと食べないと、動けないよ。それに、出発の時間に遅れちゃう――」
淡々と。どこまでも、淡々と。何も考えていないかのように。用意されたものだけ、教えてもらったものだけしか、ないかのように。
――どうして。
シュメルヴィは、気付けば下唇を噛んでいた。こんなことをしても、自分が痛い思いをするだけだとわかっているけれども。無意味なことだとわかっているけれども。
どうしようもない憤りを、覚えていた。
確かに、今の自分は『星憑き』のせいか、色々変だ。
しかし全てそのせいにして、レクサルは話を聞こうとしない。
――もう、話なんてしたくなかった。親友だとは思えなくなった。
「……もう話しかけないで」
シュメルヴィは茶だけを飲み干し立ち上がれば、朝食のパンは二つにちぎって、ピオニー達に食べさせた。
テントを片付けていたレクサルが振り返る。
「でもシュメルヴィ、僕達は親友だから、自分達のこと、話さないと」
その言葉を、シュメルヴィは無視した。レクサルに背を向けたまま、ピオニー達がパンを咀嚼しているのを見続けた。
レクサルと一緒にいるより、ピオニー達と一緒にいる方が、ずっといい。パンをもらえて、ピオニー達は嬉しそうに目を輝かせている。
……そう思って、振り返らなかったから、シュメルヴィは気付かなかった。
その時、レクサルの顔から笑みが消えていたことに。
すっと、レクサルはシュメルヴィへと手を伸ばすが、ふとその手がまるで自分のもののようではないように見て、それから下げれば、レクサルは元のように微笑んだ。
――勝手に動いた自分の手を、見下ろして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます