09.効率と感情

 そうして二人は、オアシスにたどり着けば、そこでピオニーから降りた。長い距離を走ったピオニーは、オアシスの水面に顔を近づければ、舌をちろちろと出しながら水を飲む。

 それを見届けて、シュメルヴィとレクサルは、砂上に敷物を敷いて、その上に座り込んだ。水を飲み、軽く食事を済ませる。

 頭上にある太陽の光は温かいものの、世界を覆うような砂を触れば、温かくはない。かといって、冷たくもなかった。

「このまま順調に行けば、予定通りつきそうだね」

 レクサルが水を一口だけ飲んで言った。

「『村』までの旅は簡単だって、お医者の先生が言っていたけど、本当に、問題なさそうだね――」

 その時だった。二人から離れたところでどさりと音がして、くるくると高い鳴き声が上がったのは。

「……レクサルのピオニーが!」

 何が起きたのか気付いて、すぐさまシュメルヴィは立ち上がった。声を上げて、靴も履かずにピオニー達へと走り寄る――水を飲み終わり、座り込もうとしたレクサルのピオニーが、バランスを崩してひっくり返るようにして倒れたのだ。ピオニーはばたばたと暴れている。

「ああ、よし……よし……」

 暴れるピオニーの頭を撫でて、シュメルヴィはまず落ち着かせた。すると、ピオニーは落ち着きを取り戻して、ゆっくりと起き上がり立つが、

「……足、怪我したの?」

 そのピオニーの片足を見れば、もう片足と比べて、太いように思えた。

「腫れてるね……」

 そこへ、レクサルがやって来る。

「もしかして、走ってる途中に軽く捻ったのかな……」

 それでもピオニーは、何ともない様子で身体を横にし、頭だけを上げて地面に寝ころんだ。シュメルヴィのピオニーも、同じように休みの体勢に入る。こうして見れば、問題はなさそうだが。

「……どうしよう、乗っても大丈夫なのかな、走らせる速度、落とさないと悪化しちゃうんじゃない?」

 シュメルヴィは顎に手を当てた。するとレクサルがふと。

「……もしかして、走ってる途中に大きく揺れた時があったけど、その時にやったのかな」

「えっ? それ、早く言ってよ! ピオニーが怪我したかもしれないって……」

 呆れてシュメルヴィは目を見開いた。ちょっと待ってと、その時に言ってくれたのなら、すぐに手当てができたかもしれないのに。ピオニーだって、痛かったはずだ。

「全く、何やってんのレクサルは……ちょっと冷やしてあげよう、このままじゃ、かわいそうだよ……」

 シュメルヴィは溜息を吐けば、荷物からタオルを取り出した。それをオアシスの水に濡らして、ピオニーの元まで行く。そうして、足の腫れた部分にそっと乗せた――これで少しは冷えるはずだ。レクサルのピオニーを見れば、じっとこちらを見つめていた。やがて頭も下ろし横になれば、陽の光に照らされる。

「……もう、気をつけてよ! ピオニーかわいそうだし、これじゃあゆっくり進まないと……僕は急いで『村』に行きたかったのに!」

 それを見届けて、シュメルヴィはレクサルへと振り返れば、呆れに怒鳴ってしまった。全く、レクサルは何を考えているのだろうか。レクサルが気をつけていないから、そして気にしなかったから、こうなったのだ。

「ごめん、シュメルヴィ」

 怒鳴れば、レクサルは応えるように謝る――あの笑みを浮かべて。

 ……本当に申し訳ないと思っているのだろうか。自然とシュメルヴィは顔を歪めた。

 世界に災いをもたらすだとか、何だとかはさておき――こちらは一刻も早く、この胸のもやもやをどうにかしたいのに。余計にもやもやが大きくなってくる。妙にレクサルが嫌になってくる。

 ――けれどもレクサルは親友だ。

 苛立ちを、シュメルヴィは抑え込む。けれども。

「大丈夫、急いで『村』に行こうね」

 レクサルは微笑んだまま、首を傾げる。それこそ、問題ないと言うように。

「ピオニー、怪我しちゃったけど、大丈夫だよ。だってピオニーは、走らせられるもの」

「……あのさぁ」

 確かに怪我をしていても、ピオニーに走れと言えば、走るだろう。

 事実、レクサルはここまでそうしてきた。だが。

「それじゃあピオニーがかわいそうだよ……いいよ、ゆっくり行こう、オアシスは所々にあるし、食料も余分にあるし」

 するとレクサルは。

「かわいそうって? でもピオニーは、人を乗せて走る生き物だよ?」

「……レクサル、大丈夫?」

 そのシュメルヴィの声には、確かに怒りが混じっていた。

 レクサルには「痛い」ということがわからないのだろうか。それとも、ピオニーを道具として見ているのだろうか。

 なんて冷酷な言葉なのだろう。

「……シュメルヴィこそ、大丈夫? そんな顔して……変だよ」

 と、レクサルはシュメルヴィの顔を見て言う。瞬間シュメルヴィはまた怒鳴りかけたが、

「――そうか、これが『星憑き』なんだね。君に憑いた星が、悪さをしているんだ」

 レクサルは言う――その言葉に、シュメルヴィは声を失った。

 星が悪さをしている。

 ……冷静に考えれば。

 確かに、ピオニーは怪我をしていても走ることができるのだ。そしてこちらは急いでいる。それなら、予定通り走るべきではないだろうか。

 それに、ピオニーの足を冷やしたが、レクサルのピオニーは、問題ないような顔をしているのだ。何も、問題はないのかもしれない。

 ……胸の中のもやもやを吐き出そうとするかのように、シュメルヴィはやがて、溜息を吐いた。

 何を自分は、焦っているのだろうか。

 ……どうも理不尽に苛立ち、怒っていた気がした。短気になっている気がした。

 一言で言うなら、幼い子供のように喚いていた。やるべきことが何であるか、優先するべきことが何であるか、考えられていなかった。

 これが、自分に宿ってしまった星の悪さか。

「……ごめんレクサル、僕、ちょっとどうかしてたみたい」

 やがてシュメルヴィは謝った。

 そして、より、一刻も早く星を返したいと願った。

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