SCREAM ―星が砕ける時―

ひゐ(宵々屋)

01.星は人間を狙っている

 ――風が頬を撫でた。くるくる、と、囁くような鳴き声がいくつも聞こえる。

「……」

 木陰で眠っていた少年シュメルヴィが黒い瞳の目を開けると、何匹ものピオニーが周りに集まって、自分を見ていた。二足で歩く、人が乗れるほどの大きさのトカゲ。ピオニー達はその緑色の爬虫類の目で、シュメルヴィを見下ろしていた。皆、不安そうというよりも、まるで興味を持っているかのように、くるくると鳴いていた。

 シュメルヴィが身体を起こさないまま見上げれば、空はもう、橙色ではなかった。暗く濃い色になっていた――夜だ。

「……僕は寝ちゃってたみたいだね」

 そうしてシュメルヴィは、やっと身体を起こした。乱れてしまった短い黒髪を手で整える。砂の上に敷いた柄も色もない敷物を、まとめ始める。

 ――夕方の散歩のために、ピオニー達を街の外に連れ出していたのだ。ピオニーは『街』の外に広がる砂漠で一日に何回か遊ばせなくては、体力が落ちてしまう。だからシュメルヴィは夕方の散歩に皆を連れ出し、走り回って遊んでいる様子を、この木陰に敷物を敷いて見守っていたのだが、いつの間にか、眠ってしまったようだった。

 『街』に帰るには、ピオニー全員を集めなければいけない。だが、数えると、幸いにも、全てのピオニーが周りに集まってきていた。帰る時間が過ぎていることに、皆、気付いていたのだろう。

 シュメルヴィはピオニー達を連れて、砂漠を歩き始めた。『街』は、少し離れたところにある。シュメルヴィが杖の先につけたベルを鳴らし歩けば、ピオニー達は大人しくついてくる。

 悪いことをしてしまったな、と、シュメルヴィは夜色に染まった空を見上げ、思う。

 悪いことをしたならば、謝らないと。

 帰りが遅くなってしまった。悪いことをした。

 と。

 ――透き通った一音が、彼方から響いてきた。

 その、どこか、どうしても聞かなければいけない、と思えてしまうような、音。

 シュメルヴィが立ち止まり、つと空を見れば、夜空には光が一つ、輝いていた。遥か高くで震えるように輝いている光。最初は小さかったそれだが、徐々に大きくなってくる。近づいてくる。

 星が降ってきている。長い尾を引いて、砂漠に落ちてくる。

 星はシュメルヴィのいるところから、大分離れた場所に落ちた。すると、あの音が響く。どうしても、耳を傾けてしまう、その響き。

 夜空を見れば、また別の星が近づいてきていた。と、その一つが落ちて、音を響かせる。また一つ、またもう一つ、星は落ちてくる。

「……星が、降ってきてる」

 ふと、シュメルヴィが『街』の方を見れば、その近くにある星見塔に、大人達の姿があった。『街』を囲むようにしていくつかある星見塔。そのどれにも人がいて、皆、星が落ち、奏でる音に耳を澄ませていた。

 と、すぐ近くで星が落ちた音が響いた。シュメルヴィが振り返れば、少し離れた場所に星が落ちたらしい。砂が舞っていた。そして世界を震わせるように響く音。思わずシュメルヴィは目を閉じて耳を澄ませた――残響が、身体に染み込んでくる。

 けれども、我に返る。

 ――十五歳の夜を過ぎていない子供は、夜、『街』の外に出てはいけないのだ。

「……また、悪いことをしちゃったな。謝らないと」

 呟いてシュメルヴィは、杖のベルを鳴らせば、再びピオニー達を連れて歩き出す。早く『街』の中にある牧場へ、帰らなければ。それが仕事なのだから。

 与えられた仕事は、ちゃんとこなすべきだ。それが当たり前のことだ。

 与えられたこと、決められたこと。それは、守らないと。

 ……そうして、急ぎ足で進んでいる時だった。

 風を切る音が、耳を貫いた。

「あっ――」

 ――突然の衝撃に、シュメルヴィは背後から殴られたかのように、わずかに声を漏らして倒れた。

 その瞬間――頭の後ろで、何かが眩しく輝いているのを、見た。

 ――星が落ちたのかな、と、倒れながらも、シュメルヴィはとっさに思ったけれども。

 ……星の落ちた音は、聞こえなかったのだ。

 代わりに聞こえたのは、手にしていた杖が、砂の上に落ちた音。ベルが短い悲鳴のように鳴った。それだけが聞こえた。そして何も聞こえなくなって。

 ――砂の上に倒れたシュメルヴィは、そのまま、意識を失った。

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