放り投げる灰
すみはし
放り投げる灰
僕の彼女は、人魚だった。
彼女とは海で出会った。
泳ぎがとても上手くて、一緒に来たらしい友人が浅瀬で遊んでいるのに、ひとりすいすいと浮きのところまで泳いでいくのを見て、一目惚れした。
潜ってしばらく出てこなくて、大丈夫かと不安になったが、遠くで顔を出して「海の中は綺麗だよ」と笑った。
本当に人魚のようだな、と思った。
勇気をだして、連絡先を交換して、猛アタックして、デートを重ね、告白して、お付き合いするまでにこぎつけた。
僕が押しに押して付き合ったものだから、付き合ってからもアピールは忘れないようにして、しっかり僕のことを好きになってもらえるように工夫は続けた。
ニコニコはしていたし、嬉しそう、楽しそうだったものの、彼女はいつもどこか遠くを見ていたように思う。
そんな彼女は先日死んでしまった。なんだったか難しい病気名だった気がする。
ひた隠しにしていたので詳しくは知らないし、彼女も知らせたくはなかったのだと思う。
お見舞いに来るのは友人ばかりで、家族が来ることはなく、複雑な家庭環境なのだろうと触れることはなかった。
死んでしまう少し前、とても愛おしそうに僕のことを見つめて、掠れた声で「大好きだよ」と言ってくれた。
彼女の吸い込まれそうな瞳には僕だけがうつっていた。
今もう手元に残っているのは彼女だった人が燃えたあとの少しだけの灰。
彼女は以前テレビを見て
「ねぇ、これ。死んだら海に遺灰を撒くの。散骨っていうんだって。私が死んだらこれにしてよ。私を海にかえしてね」
と言っていた。
かえす。返す。還す。帰す。
さようなら、愛しい人。
きっと、君はもしかすると本当に人魚だったのかもしれない。
願わくば、海が君をお帰りと迎えてくれますように。
僕は遺灰を海にばらまいた。
放り投げる灰 すみはし @sumikko0020
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます