夏の終わり

篠塚麒麟

夏の終わり

 それは8月31日のこと。

 私は高校生最後の夏を思いっきり楽しんでいた。

 高校を卒業したら就職するつもりでいる私には受験勉強や部活など、どうでもよかった。何よりも早く家から出たかったから。

「久しぶりに海にでも行ってみようかな」

 一人呟くと、よし! と自転車のペダルを踏み込んだ。

 海までは自転車で20分くらい。遠くはないが、いつでも行けると思うと人間行かないものである。もうしばらく海へは行ってなかった。

 海に着くと砂浜に自転車を停めた。

 もう夕方だったがまだまだ蒸し暑い。

 おもむろに靴を脱ぎ裸足になると、汗ばんだシャツをパタパタさせながら波打ち際に近づいた。

 波が寄せては、引いて、寄せて、足に絡みつき砂を攫っていく。

「あぁ、やっぱり海水ってしょっぱいな」

 そんなことを思って頬の雫を拭う。

 私はその場から動けなくなった。


 目が覚めるといつもの朝。

 時計を見ると私は慌てて自転車に乗る。

「行かなきゃ。約束、守らなきゃ!」

 海に行くのなんていつ振りだろう。

 なんで海を待ち合わせ場所にしたのだろう?

 とりあえず私は急ぐようにペダルを力強く踏み込んだ。

 海に着くとシャツをパタパタさせながら辺りを見渡す。誰もいる気配はない。

「まだ来てないのかな? でも約束したんだし……。え? 約束……。私、誰と……?」

 クラッと脳が揺れた気がした。


 気がつくとそこは神社の境内。

 手に持っていた御神籤を見ると『小吉』だった。

「相変わらず冴えないわね」

 なんて呟きながら財布にしまう。

「こんな時は気分転換ね」

 自転車に跨るとゆっくりと走り出す。どこに行こうかな。久しぶりに海にでも行ってみようか。

 直感に誘われるように海へと向かって走る。その自転車のタイヤに付いている砂が、コンクリートを走るたびジャリジャリと音を立てていることを彼女は知らない。

 海に着くと私はゴロンと砂浜に寝転がった。服も髪も砂だらけになったが、何だかそんなことどうでもいいような気がした。

 辺りは真っ赤な夕焼け。

「きれい……」

 その景色を目に焼き付けるかのように動けなくなって、そのまま日が暮れ、やがて朝が来た。

 もう何度繰り返したかわからない8月31日からやっと9月1日を迎えた。

 その瞬間。


 しゅるしゅるしゅる

 しゅるりしゅるりら


 私の身体が解けていった。

 そう文字通り。リボンのように。

 あぁ、そっか。私は認めたくなかっただけだったんだ。

 全てはつまり。

 そういうことか。

 私はふっと微笑んだ。

 しかしその笑みさえもするすると解けて天に昇っていく。

 その空にはひつじ雲が浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の終わり 篠塚麒麟 @No_24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る