転活

転職活動を始めた。

とはいえ、正社員にはなりたくない。

疲れ切ってしまった。



最初は、前職と同じ業界に応募した。

自分で開業できるフランチャイズだ。

前々から、同じ業界人として好感を持てた会社だ。


履歴書は無く、エントリーシートだった。

それにも納得だ。

エントリーシートの大半が仕事観に関するものだ。

積み上げた人間には、語らずにはいられないものがあるはずなのだ。

誰にどれくらい語るかは別として。


面接でこれまでの実績を話すと、驚かれた。

お互い、正直に色々話して、面接は終わった。


後日、合格の連絡と共に、大きな仕事を提案してくれた。

いい人たちだった。

一緒に働いたら、きっと楽しく仕事ができるだろう。

そう思ったが、せっかくの転職の機会なので、他の業種にも並行して応募することにした。



次は、やや軽めのお仕事だった。

知識や経験がいらない。


「しっかりお勤めされてきた方には物足りないかと……」


その場でそう言われて、察した。



次は、お堅い仕事だった。

かなり人手不足らしく、いつも求人が出ていた。

担当者の感じもよく、時給も良かった。

困っている人がいるところで働きたい。

そう思って、合格後、すぐにそこに決めた。



夫に報告すると、おめでとうございます、と言ってくれた。

ただのバイトでも、そう言われるのは嬉しかった。


匠にも連絡をした。

良かったね、と言われつつ、

もう少し休んでも良かったんじゃないの?

と言われた。


休んでてもやることないから

と返信すると、


なんにもしないからこそ、ようやく何をやりたいかわかるときもあるよ

と、来た。


休むの、苦手なんだ

と、送ると、


旅行には行けそうにないかな?

と、来た。


正直、忘れてた。

人手不足な現場だから、勤務が始まったら休めないかもしれない。


旅行に行けそうな日を連絡した。

候補が多くないから、ダメ元だった。


すると、来週の金曜日から日曜日の二泊三日で、東京はどうかと言われた。

金曜日の午前まで、匠が東京で仕事があるので、昼から現地で合流……という流れだ。


東京なら行きやすい。

すぐにOKと返事をした。


♢♢♢


夫には、東京にいる姉や友人と会うために一人旅をしてくると告げた。

わかった、いってらっしゃい

と、承諾を得る。


どこに行くかは、匠に任せた。

企画は得意じゃない。


夫も出かけるのが好きで、車で行けるところにはよく出かけていた。

今更だが、もっと仕事を休んででも、遊びに行けば良かった。


さて、旅の準備だ。


正直、楽しみだった。

誰も知り合いがいない都会。

俺がもし本当に男だったとしても、都会ならデートできるだろう。


本当は、自分の着たい服で行きたいが、美春の背格好では似合わない。

今回は、女装でいこう。


匠の服装を思い出す。

匠の横にいても恥ずかしくないようにしないと。

色々服を出してみるが、どれも普段から着古している。



ある時から、美春はおしゃれをしなくなった。

夫はおしゃれをしてほしいようだったが、夫が希望する服装を美春は嫌がった。

見た目は似合わなくないのだが、ザ・オンナノコになるので、美春の”お人形さんは嫌だ”の病が出る。


普段着ている服は、たしかに似合っているが、よく見れば周りから求められる女性像をよく反映していて、美春ががんばって合わせてきたことがよくわかる。


新しい服を買おう。

あと下着も。


キラキラな下着は残っておらず、プチプラのボクサーパンツになっていた。

時代が良くなってきたと思う。

テラッテラのナイロンのパンティだ、ガチガチのワイヤーが入ったブラジャーしかない時は、女ってのは脱いでも大変だな、と思った。

楽だけど、しっかりした下着が増えて良かった。


とはいえ、あんまりこれではな、とも思う。

どうしようか。

下着まで女装するか、ここで匠に理解してもらう機会にするか。


美春だったら、匠との東京デートにここまで胸は高鳴らないだろう。

美春は、今のうちに資格の勉強をしようとか、積読本を読もうとか考える。

あとは、近場の友人たちとごはんに行くだろう。

そういうタイプだ。


東京に行くのは、もう、俺でいいだろう。

俺なら、完璧に両想いだ。

表面的には、匠の願望も叶っている。

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