羽根を隠して生きる君
篠塚麒麟
羽根を隠して生きる君
(この羽根は本当にとべるのだろうか……)
屋上に立ったトワは自分の背中を見ようとしたが、上手く見ることができない。
でもその羽根は確かにその背中にあって――。
少数の羽根を持つ者と、多数の羽根を持たない者、二種類の人間が存在していたその世界。だがいつしか羽根を持つ者が圧倒的に少なくなっていき、少数派は生きにくいこの世界。羽根を持つ者はどんどん追いやられ、やがてその存在は幻とも言われるようになっていた。
「もういないんじゃなかったの?」
「でもあれは確かに羽根だった」
「きっと唯一の生き残り」
「どうする?」
「どうしよう?」
「とりあえず写真!」
「そうね。写真だけでもきっと高値がつく」
そんなことを言い合って写真を撮り、去っていく三人の少女の姿をトワは知る由もなかった。
三人は毎日のように屋上で隠れてトワの姿を観察するようになった。
その中で一人、他の二人とは違う視線を送っていたカナエはある日一人でトワのもとを訪れた。
警戒するトワ。
「大丈夫、何もしない」
それ以上脅かさないよう両手を挙げて見せるカナエ。
「私も座っていい?」
そう言うと間隔をあけて端の方で空に足を投げ出してカナエは座った。
「あなた名前は?」
「……トワ」
「そう、いい名前ね。私はカナエ。あなたいつも一人なの?」
「……別に」
「そう。じゃあ、また来るわね」
そう言って去っていくカナエの後姿をトワはどこか名残惜しそうに見ていた。
それもそうだろう。人とまともに話したのなんていつぶりだろうか。ドキドキと高鳴る鼓動に戸惑いを隠せずにいた。
(じゃあ、また……)
その言葉通り、カナエは次の日もやってきた。
「座ってもいい?」
こくりとトワが小さく頷くと、カナエは昨日よりは距離を縮めて、でもまだ間隔をあけて同じように座った。
「好きな食べ物は?」
「じゃあ嫌いな食べ物」
「どんな子供だった?」
次から次へと投げかけられる質問に、トワは何とか食らいついて答えていった。
一通り終わると、カナエは満足げに、
「じゃあ、またね」
そういって去っていく。
トワは何だか胸が締め付けられるような気がした。
そんなことが続いたある日。
三人の少女はまた話し合いをしていた。
「どうする?」
「きっと他に知っている人はいないはず」
「攫って売り飛ばすならそろそろやらないと」
カナエは二人にただ無言で同調していた。
次の日もカナエはトワのもとにやってきた。距離が縮んできたトワとカナエ。そう、その手が触れるほどに近く。
「ねぇ、トワ。もしかしてあなたの背中には隠したいものがある?」
ビクッと肩を震わせ咄嗟に逃げようとするトワの手をカナエが掴んだ。
「待って! このあとあなたを捕まえに来る奴らがいるわ。お願い、一緒に逃げて」
「え!?」
トワの手を握って立ち上がった、その時!
目の前に二人の少女が立ちはだかった。
「あんた、わかってんの?」
「やっぱり裏切ってたんだね」
睨みつける二人。
「なんのこと?」
カナエは知らぬ顔でニコリと笑うと、トワの手を引いて一気に走り出した。
二人は走る、走る、走る。
やっと追っ手を撒いて、路地裏に二人。
「はぁ、はぁ、大丈夫?」
「……うん。でもなんで?」
不思議そうに見つめるトワの頭をクシャクシャッと撫でると、
「あなたのことが好きだからよ」
とカナエは真っ直ぐな瞳で言う。
「でも……私は……」
「あなたは十分独りで生きてきた。もう十分。これからは二人で生きていこう」
「でも……でも……」
涙を流して戸惑うトワの涙を拭い、カナエはそっとその唇にキスをした。
トワは知らなかった、カナエの背中にも羽根が隠されていることを。
羽根を隠して生きる君 篠塚麒麟 @No_24
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