スマホ交換

篠塚麒麟

スマホ交換

「ねぇ知ってる? 2月29日になる夜中0時にスマホを交換するとその相手と体が入れ代われるっていう噂」

 そんなことを言ってきたのは仲良しの由梨だった。

「うん、聞いたことある。本当なのかな?」

 私もその話は聞いたことがあって興味を持っていたから、すぐ話に乗っかった。

 由梨はクラス委員をやっていて、みんなからとても好かれていた。家も裕福で、上品で優しいお父さんとお母さん。

 それに比べて私は気弱で人見知り。貧乏ってわけじゃないけど、上品とはかけ離れた両親は毎日口煩く何かしら文句を言ってくる。

 交代できるならば、絶対由梨みたいな子が良い。

 そして今年はうるう年。つまり2月29日が来週に迫っていた。

「試しにやってみる? まぁただの噂だろうけど」

 私がそう言うと、

「やってみよう」

 どこか意を決したように由梨は言った。


 そしてあっという間に時は過ぎ、2月28日がやってきた。

 今日は私の家に由梨が泊まることになっていた。そう、0時にスマホを交換するために。


 カチ カチ カチ カチ


 秒針が緊張感を生む。

 私たちは向かい合ってスマホを握り締めた。

 

2月28日23時57秒……58秒……59秒……



 ■■■■


 いつの間に寝てしまったのだろう。

 目を擦って伸びをする。

 次の瞬間私は飛び起きた。

目の前に私が寝ていたのだ。

急いで私は由梨、いや、『私』の肩を揺さぶる。

 私の体をした由梨は目を覚ますとその体と目の前の自分の体を見比べる。

「本当だったんだ……」

「すごいね! スマホをまた交換すれば元に戻るらしいし、しばらくこのまま過ごしてみようよ」

「……うん」

 その時の由梨が複雑な顔をしていたことに、私は気付いていなかった。


私は嬉々として元の家を出ると、自分の家となる由梨の家へ向かった。

「ただいま!」

 今まで出したことのないような明るい声が出た。

 この声を聴いてあのお母さんが「おかえり」って言って、そして抱きしめてくれたりするのだろうか。

 だが、聴こえてきたのは優しい「おかえり」ではなく、

「うるさいわね。いつも家に相応しい振る舞いをしなさいって言ってるでしょ」

 という声。

「え?」

 その声は私の全てを凍り付かせるほどに冷たく。

 もしかしたら何か機嫌が悪かったのかも。

 うん、きっとそう。

 しかしそんな考えも虚しく、その後もかけられる言葉はそれはそれは冷たいもので。

 私は耐えきれず泣きながら元の自分の家に向かった。

 家の前に由梨の姿が見えた。

 あぁ、きっと由梨も私の親に幻滅したに違いない。

 でもやっぱり自分の家が一番良い。由梨もそう思ったのではないだろうか。

「由梨! あのさ、やっぱり……」

「……ごめん」

「え?」

 由梨の足元には粉々になったスマホ。

 私は血の気が引いていくのがわかった。

「ごめんなさい。もう今までの生活に耐えられなくて」

 由梨の声が遠く聞こえていた。私は声を出すことが出来ず。

「最初からこうするつもりだったの」

 その言葉に私は膝から崩れ落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホ交換 篠塚麒麟 @No_24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る