ゴーストたちのクリスマス

篠塚麒麟

ゴーストたちのクリスマス

 私は死んだ。

 去年のクリスマスに。

 雪の降る聖なる夜にこんな話もどうかと思うが、これは変えようのない事実だ。

 まあ、これだけの人が存在しているのだから、クリスマスだろうとなんだろうと人間死ぬ時は死ぬし、それが予測の出来ない事故であれば尚更、自分が死んだとしても何ら不思議ではない。

 そう私が死んだのはまさに不運な事故だった。

 クリスマスの夜、彼女の元へ急ぎ足で向かっていたところに、凍結した路面でスリップした車が突っ込んだのだ。

 一瞬というのも憚られるほどあっという間の出来事だった。

 そして呆気なく私は死んだ。

 それからもう少しで一年が経つ。

 ここで、疑問に思う人もいるだろう。

 死んだのならなぜ今もこうして話をしているのか、と。

 私も驚いたのだが、クリスマスに命を落とした者には一年間の猶予が与えられるのだそうだ。

 聖なる夜に命を救えなかった神様からのお詫びか、神のご加護とでも言うのだろうか。

 私は神様とこのことは決して口外しないと約束をした。もし誰かに話したとしても信じるものはいなかっただろうけれど。

 そして誰にも知られることなくクリスマスが近づいていた。私の本当の命日となる日が。


 この一年間、私は文字通り彼女のために生きてきた。

 彼女とたくさん旅行へ行き、一緒に美味しいものを食べ、素敵な洋服やアクセサリーをプレゼントした。

 たくさんの思い出を作る努力をした。


 ある春の日のこと。

 私たちは花見に行った。

 付き合い始めて五年が経つというのに、二人で花見に行ったのは初めてだった。

「また来年も」

 そう言いたかったがやめた。

 嘘になってしまうことが悔しかったから。


 ある夏の日のこと。

 私たちは花火大会に行った。

 これも二人で行くのは初めてのことだった。

 賑やかな打ち上げ花火を見た後、二人でコンビニで買った線香花火に火をつけた。

 それは彼女からのおねがいだった。

 どちらの方が長くついているか競い合ったりもした。

「また……」

 そう思うことさえも胸が苦しくなって言葉をのんだ。


 ある秋の日のこと。

 私たちは紅葉を見に行った。

 やはりこれも初めてで、私は一面色付いた雄大な山々を見ることが好きだったが、彼女はひとひらの真っ赤なもみじの葉を拾うことが好きなのだと知った。


 一年はあっという間に過ぎていった。

 私が彼女のために何かをするたびに彼女はとても喜んで、可愛い笑顔を私だけに向けてくれた。

 そして、お礼のつもりなのだろうか。彼女も私にたくさんのことをしてくれたように思う。

 美味しいご飯を作ってくれることが増えた気がする。

 出掛ける前には靴を磨いてくれたり、記念日でもないのに突然プレゼントをくれたりもした。

 何よりも「愛してる」と言ってくれることが多くなったのだ。

 日々二人の距離は近くなり、密度は濃くなり、愛する気持ちは深くなっていった。


 そして迎えたクリスマス。の前日、クリスマスイブのことだった。

 私はクリスマスケーキを前に家で彼女を待っていた。

 だが約束の時間を過ぎても彼女が現れない。

 彼女の番号へ電話をしてみたが、何度かけても『プルルルル、プルルルル』と虚しく響くだけで、彼女の「もしもし、遅くなっちゃってごめんなさい! もうすぐ着くわ」と申し訳なさそうに言う声は聴こえてこない。

 窓から外を眺める。真っ暗な空から白い雪がハラハラと舞い落ち始めていた。

 その時、不意にスマホが鳴る。

 画面には見知らぬ番号が表示されていた。不審に思いながらも電話に出ると、それは彼女が事故で亡くなったという報せだった。


 え? なぜ?

 死ぬのは明日、私のはず。

 なぜ今日彼女……が?


 とてもじゃないが信じられなかった。

 頭の中が真っ白になった。


 思考停止ーー。


 そこから先の記憶が曖昧なまま日は変わり、クリスマスの夜。

 きらびやかな街並みをフラフラと歩く。

 明るいクリスマスソングがやけに遠く聴こえていた。


 その時。

 鳴り響くクラクション。

 ヘッドライトが眩しいと思う暇もなく、私は二度目の死を迎えた。

 

 自分の名前を呼ぶ声を聞いた気がして目を開けると、そこには彼女の姿があった。

「沙織? なぜ?」

「それはこっちのセリフよ!」

 彼女はボロボロ涙を流している。

「まさか、まさかあなたも……」


 二年目だったなんてーー。


 え?

 あなた……も?

 二年目?

 それじゃあ……


「私は去年のクリスマスイブに本当は事故で死んでいた。その後神様によって一年の猶予をもらっていたの。まさかあなたもだったなんて……」

 そう言う彼女は死んでしまった悲しみとまた会えた喜びで、泣いているような笑っているような複雑な表情をしていた。

 わかることは、またこの腕で抱きしめられるということ。

 愛していると伝えられるということ。

 今の二人にはそれが全てだった。

 二人は神様に感謝した。

 猶予の一年間が無かったら、きっとこんなに強い気持ちにはならなかっただろう。

 最後の一年間は二人にとって最高のクリスマスプレゼントだったのだ。


 傍らで見つめていた神様は白いあごひげをさすりながらそっと囁いた。


「Present for vou. Merry Christmas!」


 その姿はまるでサンタクロースだった。


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ゴーストたちのクリスマス 篠塚麒麟 @No_24

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