第3話 マイカは要望する

「いまのお話ですと、エミリオとルンナも『大きな仕事』をするみたいなんですけど、大丈夫でしょうか? 私みたく神様に手抜きされて死んでしまったりはしませんか?」


「手抜きではないんだけどね。ちょっと気が緩んで手元が不如意になってしまっただけなんだけどね……大丈夫。エミリオとルンナについては、神様案件として手厚くフォローするよう関係各所に通達しておくから」


「……よかった」


 思わず涙ぐむマイカに、男は言った。


「さて、ここからが本題だ。今回、僕らの不手際により、図らずも君の人生を予定より早く終わらせることとなってしまった。でも大丈夫! 最近、神様間で体制変更があってね。僕の裁量となる範囲が大幅に拡張されたんだ。今回のようなトラブルが発生した場合、これまでは放置するまま――死なせたら死なせっぱなしだったわけだが、これからは違う。積極的な予防措置を行うのはもちろん、万が一トラブルが発生した場合も、即座にフォローする。その第1号が君だ。これから僕の権限において、君を生き返らせる! つまり!」


「つまり、目が覚めたらお墓の中?」


「いやいやいやいや。そんなことはない。君が生き返るのは、絶命したのと同じ時と場所。もちろん、傍からは君が1度死んだだなんて分からない。君の意識もここへ来た次の瞬間へと連続性を接続される。つまり『目が覚めたら馬車の中』だ」


「はあ……」


 死んだ実感もまだ身に沁みてないのに、それで生き返らせてやると言われても、有り難いんだか有り難くないんだか――少なくとも、感情においては判断をつけられないマイカだった。


「それとフォローアップ第1号の特典として、サービスをしよう。ざっくり言うと、ひとつだけ願いを叶えてあげる。何かあるかい?」


「本当にざっくりしてますね」


「『美人になりたい』とか『お金持ちになりたい』とかいった具体的な願いはもちろん『愛と平和』だなんていったボンヤリした願いだってぜんぜん構わないからね! これまで僕たちは半端ない数の願いを叶えてきたから! ノウハウがあるから! どんな願いだって叶えてあげるよ――神様間で合議して、いったん無難な線に落とし込んだ上でだけど」


 半端ない数――そのうちの、どれだけが今回のようなミスに対するフォローだったのだろう? そんな疑問が浮かびはしたものの、あえて口には出すことはしないマイカだった。


「ほらほら。とっとと言わないと、勝手に君の人生をアナライズして、悩みごとっぽいポイントをサジェストしちゃうぞお?」


 いいかげんマイカも男のキモさに慣れてきたものの、急かされて焦らないわけではない。(願いごとって、いきなり言われても……あれ?)でも拍子抜けするほど、あっさりと。


 叶えてもらいたい願いが、見つかっていた。


(――あの子と!)


 ダッカス氏の屋敷の近くに住んでる猫。毎朝マイカの窓の下を通る黒猫。仲良くなろうと努力しても、いつもそっぽを向かれてばかり。ようやくこっちを向いてくれるようにはなったものの、今度はお菓子を差し出す手を毎回引っかかれて。名前は――マイカは言った。


「トレンタと、仲良くなりたいです!」


 と。


 すると『トレンタって何?』なんて訊かれることもなく「なるほど……」と男が頷く。それでもう、叶っていた。「分かるかい?」訊かれて、マイカは頷く。「はい。分かりました」マイカにも分かった。何がどうしてかは分からないけど、とにかく叶ったのだと。


 自分の願いは、叶ったのだと。


「では、君の肉体を修復し、魂を世界に復帰させる。現象としては、ほんの一瞬だけ、君は生命としての連続性を切断されていたことになる。しかしこの一瞬を検知できる生体は世界に存在しない。世界にも無視されるほどの寸毫の出来事さ。さて、準備が出来た――『あ』」


「『あ』?」


 マイカは眉をひそめた。いま男が漏らした、この『あ』には憶えがあった。マイカの中で、超高速で再生されてく記憶。そのほとんどに出演してるのはルンナだったのだが、とにかく誰かがこういう風に『あ』と言った後は、ほぼ確実に鶏小屋の鶏が脱走したり、10年もののピクルスが見つかったり、魔物の駆除依頼を取り下げるのを忘れたせいで屋敷に冒険者の大群が押し寄せたりとかいった事態が発生。誰かの不手際が発覚して――要するにこの『あ』は、自分のやらかしに気付いた人が発する『あ』なのだった。そしていま現在最新の『あ』を発したこのひとはといえば……


「ま、まあ2Pカラーだと思えばいいかな? いいかな? いいかな……いいよね?」


 などと勝手に頷いている。

 そして、マイカが突っ込む間もなく――


「じゃ!」


――と、片手を上げて消えた。


「え? え~~~~ぇ?」


 そして、呆れる間もなく。

 次の瞬間、マイカも消えていた。


 何もかもが白い、この場所から。

 いや――白い場所が、マイカの周囲から消えた。


 おや? とエムジィが声を漏らした。


「おや? この猫……」

「どこに隠れてた――知ってる猫か?」

「いや、知ら――いや、知ってる。ダッカス卿の屋敷の側で見たことがある。屋敷で飼われてる風には思えなかったが……」


 がくん、と馬車が揺れた次の瞬間。


 どこから現れたのか、しゃらりとした毛並みの黒猫が、するする座席に登り、気付けばエムジィとリンザの間にちんまり収まっていたのだった。


 その様子を見ながら、マイカは思い出していた。ぼんやりと、いま見たばかりの一瞬の奇妙な夢を。神様を名乗るキモい男とのイラッとさせられる会話を。ひとことで言えば、苦痛だった。記憶を反芻するのが辛かった。心がざらざらするようだった。男にではなく、夢の中の自分に対して、マイカは苦い思いを抱かざるを得ないのだった。


 なんなんだ、あの夢の中の『私』ってやつは。まるで考えのないバカ娘ではないか。どうして初対面の相手を『神』だなんて思える? いや、思ってもいいが、思ったことをそのまま言うのはないだろう。あまりにも警戒心が無さすぎである。普段の自分だったら、もう少し会話の予防線を張っていた。それに本当にあれが神様だったとして、神様にあの態度はないだろう。いくらなんでも不敬というか、馴れ馴れし過ぎる――でも、あれ・・は良かった。


 あれ・・は、正しかった。

 正しい決断が出来て、良かった。


 でも、あれ・・というのが何なのか、マイカにはもう思い出せない。煉瓦の壁が崩れるように、記憶が失われていく。忘れていく。そんな記憶があったことを。何かを忘れたこと自体を、忘れていく。最後に、死の事実が収まってた空虚がするりと埋められて――マイカは言った。

 

「ええ。どこの猫かは知りませんけど、ダッカスさんのお屋敷によく来ていましたね。毎朝、私の部屋の窓の下を通ってたんですよ。私は、勝手にトレンタって呼んでました。全然、懐いては貰えませんでしたけどね」

「……」

「……」

「……どうかしましたか?」


「「いや、なんでもない」」


 ぎょっとした表情のエムジィとリンザが、その表情のまま、ぶるぶる顔を振った。


(??? 私、何か変なこと言った?)


 怪訝に思いながら、マイカは黒猫トレンタに手を伸ばし――(あ、引っかかれる)気付いて手を止めた。いつも通りならマイカを引っ掻いた後、トレンタはどこかへ跳んでいってしまうだろう。そんなことになったら、馬車から落ちてトレンタが怪我してしまうかもしれない――でも、違った。いつも通りでは、なかった。


 触れる寸前というには、ずっと手前で止められたマイカの手に。


「ふな~お」


 文字ではこれ以上表現できない超絶可愛い声でひと鳴きすると。


 すりすり。


 トレンタは自ら近づき、頬を擦り付けたのだった。


 この時点になって、ようやくマイカは気付いた。

 抱いて然るべきだった、疑問に。


(どうして、トレンタがここにいるんだろう?)


 そして、もう1つ。

 トレンタとは、関係ないことだが――実は関係あるのかもしれないが。


 エムジィとリンザが、突然、挙動不審になった理由。

 そういえば視界の隅で、さっきからチラチラしてる何か。


 その理由、その正体に。

 気付いて、マイカは絶叫した。


「な、なんですかコレぇええ~~~!?」


 朝まで。いやさっきまではもっさり重い印象だったマイカの黒髪が。

 何故かいま、光に透けて溶けるような。


 キラキラの、金色になっていた。


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