登山道の入り口

@ku-ro-usagi

読み切り

登山には少し季節外れかと思う時期の平日に

ほぼ道楽でカフェをやってる友人が

珈琲用の湧き水を汲みに行くと言うため

ドライブがてら付き合ったんだ

友人も人手があるのは助かるって言うしね

車を停めるのは

登山道の入り口が近い駐車場

力も体力もない女2人だと

水を汲める量なんてたかが知れている

車のトランクから小さなウォータータンクを取り出した


そうメジャーでもない山の駐車場はガラガラ

少し離れた場所に黒いセダンが一台停まっていて

運転席には男が一人座っているのが見えた

私は

その時は別に

誰かと待ち合わせかなと思うくらいであんまり気にしてなかったんだ

私と友人は

登山ではなく登山道とは反対側にある

ほどほどに歩いた場所にある湧き水場に向かって

何とか2往復して

それだけでヒーヒー言いながら戻ってきた時

駐車場に車が一台増えてた

それは淡い水色の小さい車だった

女性に人気の車種で

コンセプトも

「女子でもどこでも」

だったかな

特に若い女の子に人気の車種でね

それで

その水色の車の持ち主であろう若い女性が

大きな登山リュックを背負って登山道へ向かう後ろ姿が見えたんだ

そしたら

元々先に停まっていて

人待ちかなと思っていたあの黒い車から男が降りてきて

その女性をまるで追うように登山道へ入っていった

リュックは背負っているけどかなり軽そうに見えた

それだけ

ただ

本当にそれだけのことなんだけど

何だかそれが凄く嫌な感じがしたんだ

私は

「ねぇ、ねぇ、どうしよう、ちょっと怖い」

と何の説明にもならない焦りだけを友人にぶつけてしまったけれど

私のその慌てた顔と気迫に押されたのか

「分かった分かった、落ち着け」

どうしたと聞いてくれた

私は登山道への入り口を指差しながら

「嫌な感じがするんだよ」

ともう半分走りながら友人にそれを話した

友人は

「考えすぎ」

と笑うことなく足を早めてくれた

2人とも山に登るつもりはないから

身軽なのが幸いして

男が女性の後を尾けているのを見掛けた

(考えすぎなのかもしれないけど)

私はあまりの体力のなさにすでに息切れしていたけれど

その男を追い抜いて

更にしばらく先を歩く女性に声をかけた

まだ登り初めの段階で

すでにゼーゼーと息を切らしている私と友人に女性は驚いていたけれど

「あなたの車から変な異音がしてる」

と男に聞こえない様に嘘を吐くと

慌てる女性と共に男の横をすり抜けて登山道から下に戻った

戻る途中に振り返ったら

男がじーっとこっちを見ていた

ただの好奇心かもしれないけど

ただ無表情で

じーっとこちらを見ていた

女性には駐車場で事情を説明し

嘘を吐いたことを謝った

本当にただの勘でただの登山の人間なのもしれない

きっとそうなのだと思う

でも

女性は腹を立てることもなく

「いえ……教えてくれてよかったです」

登山口をじっと眺めてから

「今日は帰ります」

と言うため

一応安全のためにも

先にある道の駅まで彼女を先に走らせながらも

私は

(やっぱり考えすぎだった考えすぎだった考えすぎだった)

と早とちりを酷く後悔し始め

道の駅で

登山のために準備した時間や今日を台無しにしたことを改めて女性に謝った

けれど

「実は家族には一人登山は反対されていたんです」

と教えてくれた

一人が楽で

今日も現地集合で友達と登ると嘘を吐いて来たと


なぜそこまでしてと思うけれど

一人だとペース配分も楽で相手に気を遣わなくていいし気楽なのだと

そういうものなのか

というか

そこまでして登りたいものなのか

山というものは

インドア派には全く理解できない


別れ際に彼女が同じ県内に住んでいることが分かり

お詫びの印も込めたのか

ケチな友人が滅多に出さない

カフェの無料チケットを渡すと

「わぁ、絶対行きます」

今日初めて

彼女の笑みを見られた


それから

どうしても気になって

別に何ができるわけでもないけれど

2週間後にまたあの登山口の駐車場まで1人で行ってみた

あの男の車はなかった

でも

なんとなく

あの男は

ただ河岸を変えただけだと思った

やはり

自分の勘を盲信するつもりはないけれど

どうしてもどうしてもあの時は

何かがおかしく感じたんだ


あれから気になって

ネットで色々調べてみたら

私たちが行ったところではなかったけれど

わりと近くの山で

山に登っては1人で山に登る女性に痴漢を繰り返している男がいて

すでに警察沙汰にもなっていると聞いた

山には防犯カメラもない人もいない

証拠も残りにくいで本当に捕まりにくいらしい

だからさ

女の人だけでなく

男の人も気を付けて欲しいんだ


蛇足

登山のお姉さんは後日

本当に友人のカフェに来てくれた

そして

ソロ登山は諦める代わりに

「一緒に山に登りましょうよ」

とぐいぐい来られて

毎回断るのが難儀なくらいの常連になってくれている







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