日曜、午後10時から

ハチニク

第1話

「次のニュースです。若手俳優の増田葵ますだあおいさん、裏ではホストとして活動していたことが発覚しました。」


 若くして、女性ウケ抜群のルックスで人気俳優となった増田葵、21歳。しかし、裏ではホストとして小遣い稼ぎをしていた、とそんなニュースが流れた。その日の何千とある話題のうちのたった一つ、だけどそれは人気俳優の肩書きを失うほどに大きな影響力を持つ話題。彼のことを推しと呼んでいた女性ファンも、ネットには絶望を露わにする投稿。何も信用できない、と別の一面を知っただけでその人の全てを否定する誹謗中傷の数々。


 家庭の貧しさ故に、20歳から夜の世界に入った葵。同時期に俳優業を始めると、俳優としての才能が開花し、昼夜兼行として女性を虜にしていった。しかし、今ではそんなものも歪に崩れ始めていた。ホストとして彼に貢いでいた女性たちも一変して、彼の実在しない一面を捏造し、人間性をも批判した。ネット社会の悪い部分が重複した有様。しかし、その混沌の中で当の本人は何もなかったかのように、いつものチャラさを周囲にアピールするかの如く、軽々しく責任感のかけらも感じさせない雰囲気を醸し出す。ネットでの批判が止まらないまま、結局彼は世間的に干されることとなった。


 1か月が経ち、ニュースの話題から増田葵の名前は無くなり、渋谷スクランブル交差点の電光掲示板から彼の広告が消えてなくなった。その中で、未だに葵の目を見て彼をしっかりと批判するものがたったの1人だけいた。葵とは11歳も年齢が離れている柏田美由紀かしわだみゆき、看護師をやっている32歳だ。


「あおい君、いつまでダラダラしてるのよ。何か行動を起こさないといけないでしょ!」


 美由紀は騒動から1か月ほど経っても、葵のいるホストクラブに通うたった1人の女性。彼女は他の女性と違って、葵が俳優とホストを複業していたことを批判したりはしない。それに怒るのではなく、何も行動を起こさない彼を叱り、心配していた。


「大丈夫ですって、なんとかなるってきっと。」


「もう!責任感持ちなさいよ。」


「はーい。そういえばずっと気になってたんですけど、美由紀さんはなんであの騒動について何も言ってこないんすか?」


「あなたが俳優をやっていたなんて私知らなかったもの。今私はホストのあおい君に、貢いでるのよ、それに文句はないでしょ。」


 そう言った彼女はホストの葵しか知らない。彼女は手助けの意味で推し活を続けていた。しかし、世間的な俳優が夜の仕事で活動したこと、葵にはファンに隠し事をしていたことに対して責任を持つことを何度も思い出させた。


 彼女が毎週日曜の夜10時に必ず彼を指名し、貢ぐのには深い理由があった。彼女は両親を早くに交通事故で亡くし、祖母の家で幼少時代を過ごしていた。幼い彼女には大きなショックとなったが、親の代わりがいたことで人の温かさを知ることができた。祖母からはよく冗談混じりでこう言われた。


「私はもう長くないからみーちゃんは1人で生きていけるように責任感を常に持ちなさいね。」


 その祖母が2年前に息を引き取ると、美由紀は絶望のどん底にいた。大人として生きていくためには責任感を持つこと、その言葉が不幸にも彼女を苦しめた。感情を表面に出さずに看護師として働いていたが、ストレスも段々溜まっていった。そして彼女はストレスとほんの少しの興味深さに冷静な判断力を失い、導かれるように一人暮らしをしていたマンションから電車で23分のホストクラブにいた。感情の拠り所を見つけられないまま、美由紀はホストの写真一覧に目もくれず、


「この人でお願いします。」


と適当にホストを選んだ。


 案内された席に座り、お店の雰囲気に圧倒され、少し緊張した表情を浮かべる。するとまだ若々しく、ホストっぽさのカケラもない男の子が近くに寄り、隣に座った。男の子は硬い表情で「あおい君」と名乗った。彼の初々しさを感じ取ると、自然と美由紀の緊張が解け、お酒を注文しながら、そこからは誰もが興味ない看護師生活の話をした。優しい先生のように一生懸命に聞く彼を見て、週を重ねるごとに、彼女は看護師の仕事がない日曜日に彼の職場に行き、ただ優しく包み込んでくれる彼と会うのが楽しみになっていた。まるで彼といると大人としての責任感を持たなくてもいいよと言わんばかりに支えてくれて、いつの間にかその空間に依存していた。


◇ ◇ ◇


「仕方ないから私が、あおい君のスケジュール管理してあげるから。」


 葵が俳優としてやり直す方法を彼女は寝る間も惜しんで、夜な夜な模索した。調べたところ、才能で人気俳優になった彼に必要なのは、とにかく演技の練習だから演技稽古と俳優としてやり直せるチャンスを掴むためのオーディション。その二つを徹底的に彼にやらせるが、他の日程が都合の関係で変わったりしても、看護師の仕事がない毎週日曜日の午後10時からの彼との予定は変わることのなく、いつなんどきも手帳に毎週埋められていた。


「えー、やること多くないっすか?」


「じゃあ、なに?小さい頃からの夢をもう諦めるの?最初に言ってくれたじゃない、ハリウッド俳優になりたいって。あれは嘘だったの?」


「わかったって〜。でも手伝ってくれてありがと美由紀さん。僕、美由紀さんのこと好きになりそうかも。」


 冗談っぽく言う葵に対して、話を聞いていないように、無表情のままでいる美由紀。「それより、ちゃんとスケジュールこなしてよ。」と別の話題を振り、彼の冗談には目もくれなかった。彼女はいつもより少しそっけなく接した。


 美由紀はスケジュール管理だけでなく、看護師としても働かなくてはいけなかったため、夜までの仕事が増えていった。それでも彼女は葵のために、休憩時間の時も彼のスケジュールを管理し、彼のオーディションや演技レッスンの予定を入れていった。電車の中では頭をクラクラ揺らしながら、職場の病院に行く毎日。しかし、彼女は決まって、日曜日の夜10時には必ず、葵の待つあのホストクラブにいた。


 あの騒動から5ヶ月が経った頃、葵の演技力はレッスンのおかげで格段に向上し、オーディションも主役ではないが、いくつかの脇役をもらうことができた。

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