帝国の姫、隣国にて謳歌する
七々扇茅江
ミシェルの真相
第1話 獄中の皇女ヴェロニカ
「ごめんマルク………あの時の約束、守れないかも………」
薄暗い檻の中で、暇なわたしは独り言を溢す。
マルクとは、わたしの弟のことだ。
わたしがここに閉じ込められたのはほんの数時間前。
叔父様に唆されて王太子暗殺未遂事件を引き起こして、捕まった。
(まあ、途中から王太子を殺すつもりはなくなったんだけどね)
獄中は意外にも自由だったのでわたしは、据えた匂いのするあまり綺麗とは言い難いベッドに倒れ込む。
(このままだとわたしは処刑か無期懲役、それだけならまだいいけど………下手したら戦争になる可能性もあるよ………)
わたしには4人、兄弟がいる。いや、正確にはいた、だけれど。
お姉様は7年前————
わたしがまだ12歳だった頃、オルヴェア王国つまりこの国に外交に行ったときに毒殺されたのだと聞いた。
その知らせを受けた時、国民の殆どが悲しみ、
そして、皮肉なことにお姉様の死はわたしが
『ベラ姉さまはっ………ミシェル姉さまみたいに僕を置いていかないで………?』
今はグレて女たらしになってしまった、可愛かったかつての弟の声が脳内にフラッシュバックしてくる。
具体的には、『魔法、剣、美しい心』全てを兼ね揃えた者に送られる名誉ある称号だ。
まあ、自分で言うのもあれだけれどわたしは3000年以上はある
『ぐすっ………っ…………なんで………?
なんでお姉様がっ…………
『泣くな、ベラ。姉さんが悲しむぞ?』
『お兄様はっ………お兄様は悲しくないの?ひどいと思わないのっ………?』
あの時はまだ幼くて、少なくともわたしの前では涙を流さなかったお兄様が薄情だと思っていたけれど、今ならわかる。
泣かなかったんじゃない。
————
(あ、いけない。こんな場所で暗いことなんか考えてたら精神衛生上よくないよ………!
うん、やめたやめた!!)
分かってる。こうやって本当は無意識のうちに逃げようとしてるだけなんだってことは。
(あの時みたいに大切な人を失う人たちを少しでも減らせたらな、って思って
守れなかった。
それどころか人の命を奪おうとした。
「おい!囚人。お前の刑が決まった」
思考を巡らせていたとき、気だるそうな、赤毛の若い看守がそう告げに来た。
わたしは唾を呑む。
「『“氷の王太子”に 2年間仕えること』だそうだ。
喜べ、王妃様のお慈悲によって死罪は免れたそうだな」
「え………あの、少し待ってください!!
あのう………刑、おかしくないですか?」
わたしは予想もしなかった刑を告げられ、しばらくの間凍りつく。
「不満か?」
「いえいえ!!そんなことはないのですが………そんな、わたし暗殺者ですよ?」
「まあいい、とりあえずついて来い」
よくありません!!と心の中で叫びつつ、看守に鍵を開けられ、目隠しをされてどこかへと連れて行かれる。
行き着いた先は、廃墟屋敷だった。
埃くさく、どこか据えた匂いもする。
(まあ………そうだよね。暗殺をしに来た時もこうだったし………)
「お前はここで働くことになってる」
「王太子………じゃなくて、殿下はどちらに?」
「多分どこかにいるんだろ。まあ働かなくても………俺はここで去る」
看守はわたしを残して嫌そうに去っていった。
「うん、がんばろう!!」
*****
数十分後、わたしはある部屋の前で立ち止まる。
ドアーの隙間から灯りが漏れ出している、唯一生活感のある部屋だ。
「殿下………いらっしゃいますかー!!」
「どうぞ」
ノックをしてからドアーを開けると、そこには驚いた顔をしたオルヴェア王国の王太子、ジークハルト・フォン・オルヴェアがいた。
「貴女は………」
「先程は申し訳ございませんでした!!」
「シエラの皇女だよね?」
「えっと………?はい?」
「貴女はヴェロニカ・ステラ・ド・シエラ第二皇女だよね、って聞いてるんだけど」
「あ、はい………まあそうなんですけど」
なぜこんな質問をされているのかと思い、わたしは首を傾げる。
「シエラの皇女がなぜこんなところに?」
「あれ?ご存知では?まあその………色々とあって殿下に仕えることになったんです」
わたしが答えると、王太子はわたしを品定めするようにじろじろと見てくる。
「あの、なんですか?」
「へえ………暗殺者を僕に仕えさせる、か。王妃もなかなか面白いことを考えるね」
端正な顔に微笑みを浮かべながら王太子が呟く姿は、湯浴みから戻った直後なのか濡れている髪と、全身から漂わせる甘美な香りも相まってとても艶っぽく見える。
だが、わたしはそんな姿に動じない。
それ以前に思ったことがある。
(うげっ!!わたしが暗殺者だってバレてたんだ………もう殺す気はないけどなんかね)
「あ、今日はもう遅いしベラ皇女は休んでいいよ。
………あ、でも他の部屋は汚いんだったな。
じゃあ一緒に寝る?」
「え?」
わたしは勝手に愛称で呼ばれていることにも気づかず困惑する。
「あの………一応言っておきますけどわたし、あなたの命を奪おうとした人ですよ?」
「そうだね」
彼は意味ありげに微笑むと、お姫様抱っこをしてベッドに連れ込み、自分もそこに入ってきた。
「おやすみ」
笑顔でわたしにそう言うと、彼はそのまま眠りについた。
(この狭いところでよく眠れるな………それに隣にいるのは暗殺者なのに)
気づくとわたしも深い眠りに落ちていった。
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