第28話「私もやるよ」
グラウンドに到着。早朝でも気持ちのいい気温の季節になった。
浅見コーチのノックを受けている草薙がいて、潮コーチと共にバッティングフォームの確認をしている新藤がいる。
皆、友樹たち三人に少し驚いたようだった。
「すみません、グラウンドを使ってもいいですか?」
茜一郎が事情を分かりやすく話すと、気持ちよく許可がもらえた。
早速、三人で練習だ。
友樹は野球ノートの十ページ分のコピーを持ってきていた。三十五冊目の走塁のページを抜粋したものだ。動画サイトの元プロ野球選手数人の動画をまとめて比較している。
それでも実践は厳しい。実際に強豪チームでやってきた茜一郎と大志には見劣りする。当たり前なのだ。
守備は一人でも練習できた。基礎をかっちり固めれば試合中の派手な動きに繋がったのだ。例えばジャンプしながら投げることだって、一人でも練習できるスナップスローの延長にある。
盗塁は相手との駆け引きだ。投手の癖を見ぬき、捕手の肩の強さを考慮してスタートする盗塁は、一人では練習できない。
今練習している、走るタイムを縮めることだって、前提に過ぎない。これができるようになれば、投手に合わせてスタートする練習が始まる。きりのない練習だ。
塁間を何本も全力でダッシュするのは疲れる。三人は汗を拭い――友樹に至っては大粒の汗――ドリンクを飲んで休憩していた。
「私もやるよ」
その言葉と共に草薙が歩いてきたのだから三人は、特に友樹は驚いた。見れば、浅見コーチの五十球ノックは新藤が受けているところだった。
「よーし! やりましょ!」
リトルの後輩だっただけあり、大志はあまり遠慮がない。普段なら羨ましいが、今は感謝だ。こうして、四人で練習することになった。
まず驚いたのは、草薙は普通に走れば大志より――大志が三人の中で一番速い――少し速い程度だったということだ。
しかしベースランニングとなれば圧倒的な差を見せる。これだから野球は面白い。草薙さんは野球の面白さを活かしていると友樹は思い、やはり良い選手だと改めて感じた。
草薙の教える言葉は分かりやすい。きっと今までも誰かに教えたことがあるのだろう。
「スライディングはベースのこっち側を狙って」
「はい」
知識で分かっても、体がすぐに追いつかないこともある。草薙は一度言った後は繰り返し言わず、三人ができるようになるまで根気強く待った。
しばらくして、三人ともかなりできるようになった頃、再び休憩した。
「あの、草薙さん」
一緒になってドリンクを飲んでいる草薙に、友樹はどうしても聞きたくなった。
「今までもこうして人に教えてきたんですか?」
「どうしてそう思うの?」
草薙は不思議そうにした。違ったかなと思いつつ、
「言葉で伝えるのが上手だったからです」
思ったままを話すことにした。
「ああ、それは……」
草薙が歯切れ悪くなる。
「ひょっとして、メモやノートを書いているんですか?」
聞いてから、それは自分のことだろうと自分につっこみたくなった。
「ああ、うん……」
「え?」
言いたいこと、聞きたいことはたくさんあった。
俺もノートを取っているんです、草薙さんはいつから取っているんですか、どういう風に取っているんですか、それが実力の秘密ですか、一年生大会のダイビングキャッチのことも書いていたんですか、見せてください、その代わりもし必要なら俺のも見せます。
と、思ってもあまりの驚きで友樹は束の間フリーズしてしまった。ほんの束の間だったのだが、
「ほら、また練習するよ!」
草薙は立ち上がってしまった。
「ええ? まだちょっとしか経ってませんよー」
遠慮のない大志がそう言うが、
「うるさい! ほら、井原も!」
「はい」
友樹がフリーズしている間に、もう聞けなくなってしまった。もっと喋る反射神経が欲しいと友樹は心から思った。
朝の自主練が終わり、通常の練習が始まる。
茜一郎が言ったとおり、友樹は一軍だと告げられた。一年生皆に褒められたが、やはり心細い。
だが、草薙とティーバッティングのペアになったことで心細さは吹っ飛んだ。
「草薙さん、俺もノート書いているんです」
何か言ってくれないかなと友樹は期待したが、
「そう」
それだけだった。友樹はがっくりきたが、ノートを書いていると言っても個人で書いているわけだから関係ないかと思いなおした。
友樹としては互いに見せ合えたらいいのにと思う。そうすれば二人とももっと強くなるはず。少なくとも俺は絶対に強くなると友樹は確信していた。
友樹のノートも、決して足手まといにならない自信がある。最初の十冊目くらいまでは要領を全く得ていないが、次第にページの構成も情報量も磨かれていった。
二人一組になり、ウォーミングアップではなく、送球練習の一環としてのキャッチボールをする。友樹は練習の中でキャッチボールが一番好きだ。チーム全員とやりたいくらい好きだ。
その中でも、憧れている草薙とキャッチボールできる喜びはとても大きい。
動画の彼とキャッチボールしてるよと入団前の自分に教えたらどんな顔をするだろうか。ついでに、彼ではなく彼女だよ、とも。
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