大会

第27話「だってさ、一軍だろ?」

 大会のトーナメント表と五月の連休中の練習日程表が配られた。


 木曜日まで練習で、金曜日は丸一日休み。土日が大会だ。

 土曜日に一回戦。

 日曜日の午前に二回戦、午後に三回戦。

 翌週の土曜日が四回戦と五回戦で、日曜日が決勝。

 ちなみに今年は開催が岩手県なので移動が楽でラッキーだ。


「一回戦は山形の鶴岡つるおかシニアだ。前も言ったが勝ち進めば三回戦で滝岡シニアと当たる。だが」


 監督の眉間に皺が寄っていて、これから何を言うのだろうかと友樹は背筋を正した。


「二回戦は福島の喜多方きたかたシニアが相手だろうと思っていたんだ。喜多方シニアと対戦する秋田鹿角かづのシニアは十五名の強くないところだからな」


 シニアにもそんなところがあるのかと友樹は驚いた。


「だが秋田鹿角シニアに入った一年生が要注意だ。番狂せを起こして二回戦に来るかもしれない」


 監督の声色が硬い。遠園シニア全員が静かに言葉の続きを待つ。


「一年生で一三五キロだ」


 遠園シニアが沈黙から一気にざわついた。


「しかし、監督」


 ざわめきの中、浅見コーチが声を張った。


「いくら優れた投手だからって、一年生ですよ。うちと対戦する機会があるでしょうか?」


「念には念を入れるんだよ。ということで、連休中は特に足を使う練習をしてもらおう」


 打撃練習ではないのかと思ったのは友樹だけではないようで、何人かが隣の人と顔を見合わせている。


「監督、打撃の練習はしないのですか」


 皆の総意を代表したように新藤が前に出た。


「一三五キロを打てるように練習する組と、足の練習をする組に分かれてもらおう。今から呼ばれた者は打撃の練習だ」


 新藤や四番の桜井を初め、二、三年生の数人が呼ばれた。エース高見をバッティングピッチャーにして(通常より近い位置から投げて一三五キロの感覚を再現する)練習する。


 友樹たちは走塁や盗塁の練習だ。

 いいショートは足でも貢献できるべき、と友樹は考えていたがなかなか難しかった。


 マウンドに高見以外のピッチャーが順番に立ち、内野手も順番につく。

 友樹の番だ。無死一塁の想定なので積極的に走っていきたい。徹底的に走塁の練習をするため、打席にバッターはいない。


 東チームにいたときからピッチャーのモーションの秒数を数え、自分なりに盗塁を練習していた友樹だが、レベルが違う遠園シニアの守備にすぐけん制死させられてしまう。


 どうしたものかと頭を抱えていると、草薙の番になっていると気づいた。

 相変わらず大きなリードなのに、けん制されると即座に戻って来られるのだ。一体どうなっているのだろう。


「どうしてあんなに戻れるのかな?」


 同じリトルだった大志にこっそり尋ねた。


「そりゃ、練習量の違いだろうな」


 ぐさっと来る言葉だ。その上参考にはならない。


「香梨さんだって小五くらいまでは刺されまくってたよ」


「そんなものなのか」


「そんなもんさ」


 草薙が何歩リードしているか、どのようにスタートしているか、真似をするために観察してみた。

 しかし、友樹の盗塁は悪化した。


「人の真似をしたからってうまくいくとは限らないよ」


 浅見コーチは皆に声をかけて回りながら楽しそうに教えている。守備走塁コーチの本領発揮をしている彼は活き活きしている。


「人によって身長が違うからいいリードの歩数は違う。それに、身長関係なくやりやすいスタートは人によって違うから」


「そうなんですね……」


 今までたくさん調べたが、こればかりは実践しないと分からないみたいだ。

 こうなったら徹底的にやるしかない。


「あのさ、協力して欲しいんだけど」


 昼休み、弁当を食べる時間を三十分に短縮することになるが、大志と茜一郎は快く協力してくれた。


 一塁に立つ。いつも通りのリードをする。大志にマウンドの位置に立ってもらい、茜一郎に浅見コーチに借りたストップウォッチを持ってもらった。

 相手との駆け引き以前に、どの走り方だとタイムがいいか計るのだ。


「はい、一本!」


 茜一郎の掛け声でスタートする。


「いまいちだな」


 大志にベースランニングのできを見てもらう。


「次は右足から踏みだすか」


 構えのときに静止するか動いておくか、右足から出るか左足から出るか、何歩で二塁に到達するか、などをちょくちょく変えてタイムを取る。

 三人で夢中になってやっていると、他の皆もグラウンドにやって来た。


「おっ、皆もやんのかー」


 大志が嬉しそうにしたが、


「もう昼休み終わりなんだよなあ……」


 青葉と蛍は気の毒そうにした。


「弁当……」


 三人とも食べ損ねたのだった。

 練習が終わったのは午後四時。


「弁当が……うまい……」


 大志が泣きそうな目をしている。


「次からは先に食ってからやらないとなあ」


 茜一郎はため息交じりだ。


「こんなに弁当がうまいの初めてだなあ」


 ちなみに、いつも満腹の中無理やり弁当を食べている友樹は、保護者の皆さんの料理の実力を初めて知ることができた。


 翌朝。今回の送り迎えを担当してくれる茜一郎の母に、いつもより一時間早く来てもらった。


「すみません、深山さん」


「どうせ手間は変わらないしね。気にしないでちょうだい!」


 茜一郎の母は元気なおばさんといった感じの人だ。茜一郎が助手席から後部座席に移動した。二人並んで座るのだ。


「じゃーん。これ見ろよ」


 茜一郎が折り曲げた紙を広げると、昨日の三人の練習の結果がざっくりと書いてあった。丸かバツか三角が書いてある。


「友樹みたいにメモしてみたんだ」


「え?」


 野球ノートのことはぼかして話しているはずだ。


「練習の合間にメモ取っているだろ?」


「ああ、そっちね」


 ノートの存在を勘づかれていないことにまずは安堵したが、それよりも、メモを取る姿が見られていたことに驚いた。恥ずかしいのか、頑張っている姿を見つけてもらえて嬉しいのか、よく分からないが頬が火照った。


「これで三人とも盗塁がうまくなったら凄いよな!」


「うん!」


 茜一郎が満面の笑みを見せた。


「でも、一番は友樹がうまくならないとな」


「俺?」


「だってさ、一軍だろ?」


「こないだの練習試合ではそうだったけど」


「一年生の中で飛び抜けているんだから、ありえるよ。だったら強くなろうぜ!」


「ああ」


 嬉しくもあり、一年生の中で一人だけという微かな寂しさもあった。

 いつもどおり茜一郎の母がコンビニに停車した。


「友樹くんの一軍記念に、四つあげるよ!」


 梅としゃけとたらこに、地獄のツナが加わった。


「……ありがとうございます」


 寂しい心におにぎりがぶち込まれ、むしろあふれて苦しくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る