ショート！

第21話 姫宮の真価

　九番の稲葉が空振り三振して一死一塁に。

　一番の岡野が一二塁間に内野安打。

　一死一二塁。

　二番の山口が、意気揚々と打席に立つ。

　ベンチから軽快な応援の声が飛ぶ。友樹も、このままあと一点は返せそうだと思った。

　山口の打球は鋭く、センター前へ抜けそうだ。

　だが姫宮が追いつき、二塁にトス。六―四―三のダブルプレーだ。

　山口も、遠園シニアの誰もが肩を落とした。こんなチャンスでこんな凡打って、と。

　だが、友樹は違和感を覚えた。今回だけでなくこの試合で姫宮を見てきた違和感だ。

　だけど言葉にできない。結局空気も流れも不明瞭なままだ。

　三回終了時点で六対一。

　四回表。

　遠園シニアは守備の交代。松本の代走に入った草薙はレフトに。レフトにいた檜が松本のいたサードに入った。

　一番打者をサードゴロに押さえて気分が乗ってきた遠園シニアだが、次は二番姫宮だ。

　姫宮がバントの構えをする。初回の送りバントはとても上手だったので、セーフティバントの可能性もある。

　警戒しつつ、稲葉が投げた。

　途端に姫宮はヒッティングに切りかえた。無駄のないシャープなスイングだ。

　レフト草薙の後ろに落ちて、二塁打だ。姫宮がレフトに手を振る。草薙は無視をする。

　友樹は姫宮の勝ち誇るような笑みに、かちんときた。

　その実力は認めるし、ほれぼれするほどだ。うまさの秘密を知りたくて動画を何度も再生したくらいだ。

　だけど他人に野球を辞めろと言うのだ。

　草薙を女の子だと言ったが、それなら女の子にする態度ではない。こんなの男にやったってふざけている態度だ。

　あんなやつに見とれたことさえ馬鹿馬鹿しくなってきた。

　腹が立つ。

　友樹は姫宮に憧れた自分自身にも腹が立った。

　そして自分が情けない。

　三番打者がレフト方向に打った。姫宮が面白そうな顔をしたので友樹は舌打ちした。

　草薙は素早く背走し、うまくグラブに納めた。アウトだ。

　姫宮の落胆した顔を見た友樹は薄笑いを浮かべた。

　しかし四番打者がレフトに二塁打。交代した途端にレフトに多く球が集まる。こういう偶然はあるものだが、こいつら狙ってんじゃないかと思いたくなる。

　遠園シニアがやっとの思いで一点返したのにまたしても一点取られた。

　五番打者の球が再びレフトへ抜けようとしたが、ジャンプキャッチで新藤が阻止した。

　友樹は勢いよく手を叩いた。

　六番打者がレフトフライを打ち上げ草薙が難なくキャッチした。

　友樹は戻ってきた新藤に駆け寄った。

「いいジャンプキャッチでしたね！」

「お前に言われると嬉しいな」

　新藤の言葉に友樹はしまりのない笑みを浮かべた。

　その様子をふふっと笑う者がいた。草薙だ。途端に友樹は恥ずかしくなったのだった。

　四回裏。

　打順は三番新藤からだ。

　ゆったりした掴みどころのないシンカーだったが、新藤のバットが鋭く捕らえた。打球は飛び、外野が下がる。センターの頭上を遥かに越えて落ちた。

　その間にも新藤は一塁を回る。減速することなく走る。走る。蹴られた土が跳ねた。センターからの送球を姫宮がカットしたそのとき、新藤は三塁に到達した。

　遠園ベンチは、わーっと盛りあがり、誰もが手を叩く。

　続くように四番桜井が一二塁間に安打を放ち、遠園シニアは悠々と一点を取ることができた。

　さらに五番坂崎もライトに二塁打だ。これで無死二三塁。

　六番福山の打球が一二塁間を破り、またしても一得点。

　無死一三塁で七番草薙の打順が回ってきた。

　姫宮は一歩前に出て構えた。

　草薙がバントの構えをする。

　やはり堅実に得点しようとするのだろうか。

　友樹は、先ほどまで快活に叩いていた手をぎゅっと握った。

　ここで草薙がうまくできなければまた、姫宮に馬鹿にされるのだろうか。嫌な心配をし始めてしまう。

　一球目、低いストレート。

　草薙がバントの構えを解く。僅かに外れたボールだった。ひとまずはボールカウントを増やした。

　次はストレートで、うまくバントできなかった。

　期待と緊張で無口になるベンチ。それを知ってか知らずか、草薙の横顔は遠くを見ているように見えた。

　三球目が投げられた、途端に草薙がバントの構えを解く。バスターだ。打てるか？

　友樹はただ、心配なのだ。

　曇天に快音が鳴り、ライト前に飛ばした。

　三塁ランナー坂崎が悠々とホームインした。

　うーん、と友樹は腕を組んだ。草薙が打てるか心配していたのは、やはり彼女が女子だからなのだろう。

　女子には打てないと思っているわけではないが、過剰に心配してしまった。

　草薙を女扱いして舐めていたのは姫宮だけでなく俺自身もだったと深く反省した。

　ソフトに行け、それが嫌なら陸上。

　姫宮は草薙の能力を過小評価しているのとは違うのかもしれない。

　姫宮は草薙のことを打てないとも守れないとも言わなかった。

　善意だと姫宮は言った。

　野球をやりたい人に他競技を勧める時点で善意か怪しいが、姫宮は草薙を認めていたと言ってもいいのかもしれない。

　ベンチで水分補給する草薙を盗み見る。打てるかどうかどころか、ヒットで打点を上げたのだ。もう二度と彼女を過小評価しないと友樹は誓った。

　八番檜は惜しくも空振り三振。力みすぎたのかもしれない。

　九番稲葉が打ったライナーは速かったが、姫宮が捕球しダブルプレー。またしても友樹は姫宮に目を奪われる。性格がよくなくても実力は高い。

　今の打球は、ヒット性のものだったと、あっさり捕られたにも関わらず、思ってしまった。負け惜しみではない。

　思えば、今までも姫宮の守備に違和感があった。ただ、あっさり捌いているようにしか見えない。大志と茜一郎も普通にうまいだけと言っていた。

　三遊間を抜けそうな当たりや、速い打球。俺だったらどう守ったかと考えてみた友樹は、一つの疑いを持った。

　俺だったらジャンピングスローや横っ飛びをしていたのではないかと。

　友樹なら派手なプレーでやっと処理できる打球を、姫宮はただのプレーに見えるプレーで捌いていたことになる。

　友樹はぞっとした。どうして今まで気づかなかったのだろう。

　姫宮の真価は、凄いプレーをしているのに、あっさり処理しているように見えること。