第11話 同じ人に憧れたと思うと縁を感じた

 一回裏。


 一番の草薙香梨が右打席に。俊足を活かす左打席ではないことを友樹は意外に思った。草薙が感情の見えない澄ました顔でバットを構えた。銀のバットが陽の光に輝く。


 友樹は一番手である木本ひかるの背を見る。つい、沢と比べてしまう。マウンドに立っているのに光が大きく見えない。


 光が投球を開始する。胸を張るワインドアップ。荒削りのオーバースローだ。


 草薙が光の初球を見た。二球目も見た。ツーボール。


 返球を受けた光がロジンを握り締める。その背は頼りなく見えた。キャッチャー谷川あきらがマウンドへ走った。暁が光に声をかけ、背を叩きホームに戻った。


 緩いカーブがストライクゾーンにうまく入った。光の意地が力になったのか、草薙は空振り。


 暁と話しただけで光の制球が改善したのを目の当たりにする。こういう時、友樹はピッチャーの不思議を理解できないと思う。


 これでツーボールワンストライク。


 次のストレートを草薙が綺麗に引っ張ってスイングした。草薙は颯爽と走りだす。サード茜一郎がステップして一塁へ投げ、ショートバウンドでファースト隼が卒なくキャッチしたが、草薙はセーフ。


 草薙は冷静な顔でオーバーランから戻ったが、コーチャーにヘルメットを渡すとき、僅かに笑顔を見せた。


 二番は檜雄大。ポジションはライトだが、今まで見てきた限り、多くのポジションを守れる人みたいだ。


 草薙のリードが大きい。

 いつけん制されても帰塁できそうな隙のない足さばきに、友樹は動画の中のあの人を思いだした。映像の中なら美しさに見惚れることができるが、敵にやられると厄介だ。


 盗塁を警戒し、暁からの送球をいつでも受け取ってタッチできるように、友樹は二塁より少し前に出た。

 こういう、相手の行動を変えたり制限したりするのが厄介だと思う。

 まあそれが野球の楽しさだけど、とも思う。深い位置に待ち構えていられない状況が、次のプレーに大きな影響を与えるのだ。


 光が一塁にけん制。草薙があんなに大きなリードから即座に戻って来て、セーフ。


 一瞬のうちに強さを見せつけられた。うまいなと、友樹は手の汗を太ももで拭った。

 追いつけないぞと大志が言った意味が分かってきた。

 強気なリードが、草薙という選手を語る。全てが鋭い。まるでガラスの切先みたい。味方には輝くが敵には痛い。


 このリードの強気さは動画の中のあの人によく似ている。草薙もあの人を手本にしたのだろうか、などと考えてみる。きっとそうなのだろう。

 同じ人に憧れたと思うと縁を感じた。厳しい状況がむしろ楽しくなってきた。アウトにしたい。


 緩いカーブを檜が大きく空振りしたときには草薙はスタートしていた。

 暁からの送球はややそれたが、友樹の実力からすれば許容範囲だ。友樹は素早くタッチした。


 塁審が両手を広げる。セーフ。いいタイミングだったんだけどなと、残念に思いながら草薙を見ると、左脚を折って身を捻った綺麗なスライディングだった。綺麗ということは強いこと。これなら負けるかと、友樹は納得した。


 無死走者二塁。

 友樹は横目で草薙を見る。先ほどから彼女の脚の動かしかたを見ていたが、刺しやすいタイミングは見当たらない。無駄がなく美しい。


 本当はマウンドの光に声をかけに行くべきだと思う。三盗に気をつけろと。


 だけど今の光にそれはキャパオーバーだと、なんとなく分かった。マウンドを支配しなければならない背中が、小さく見える。下手に意識を分散させて乱すより、目の前だけを見ていたほうがまだいい。真後ろの草薙は強すぎる。


 檜が打つ。打球がセンター方向へ高く上がる。


 外野三人が追う。落ちるか、捕れるか。草薙が打球の行方を振り返っている。センター青葉が捕球した。草薙が二塁をつ。青葉がステップして投げる。

 友樹が中継を受け取り、三塁に投げたが草薙はセーフになった。


 草薙は強い。どうしたら勝てるだろうか。

 一死三塁で、三番の福山が出てくる。

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