第10話 そらすつもりはない
友樹はぎりぎりまでボールの軌道を見ることができるよう、右打ちを心掛ける。
先ほど、右打席の大志はスライダーを無理に引っ張り、詰まったフライになってしまった。
友樹はバットを僅かに揺らしリズムを作り、沢の投球に備える。
沢がモーションに入る。顔の横にグラブを構えるセットポジション。グラブに隠された左手はどんな握りか。
綺麗なスリークォーターからボールが投げられた。
友樹はバットを振ろうとして、直前でびたりと止めた。
「ボール!」
主審を務めるコーチの声にほっとした。落ちるボールを下から叩こうと思ったが、思った以上に落ちてストライクゾーンを出ていったのだ。危なかった。もし打っていれば完全に打ち取られていた。
沢はにこにこしていたが、キャッチャー松本
友樹の力を認め、本気を出すのだろう。二年生は怖いと分かった。
だけど不思議だ。たった一球を見ただけなのに、どうしてこんなに楽しいのだろう。勝手に口角が上がり、瞳が細くなる。
二球目。内角高めにストレート。スライダーとの落差で振り遅れた。
三球目。やや内角高めにストレート、三塁線上ぎりぎりにファールにした。
四球目。外角低めの外にカーブ。見事な釣り球。
映像で見ていれば一球外しでしかない。だが打席に立ってみるとドキドキするものだ。ツーボール、ツーストライク。友樹はバットをより短く持ち、構え直す。
沢が投げた。やや遅い、これはストレートではない、ゾーン内に来るか、この位置なら入ってくる。
そして狙いを定めた。
かんっ! とバットを鳴らして打球は二遊間へ。破れるか分からないが、友樹は走る。
ショート草薙が悠々と捕球。アウト。沢との楽しい勝負の結末が草薙の手であまりに簡単に終わりを迎えた。友樹は歯を食いしばった。一塁を踏むことすらできず、友樹はベンチに帰る。
ベンチからショートの草薙を見る。沢と話している。草薙は淡々とした様子だが、沢は楽しそうでにこにこしている。まるで二人でしてやった、というような笑みだ。
「沢さんもリトルの人?」
「おお、そうだよ。ますます強くなってやがるなあ」
一打で打ち取られたことがまだこたえているようで、大志のテンションは少し低い。
「沢さんはカウントが増えてもびびらないから、早めに打ちたかったんだよなぁ。それなのにカッコ悪い感じになっちまったなあ」
確かに一番打者が初球でアウトになるのは残念な感じがあるが、気にする必要はないと友樹は思うのだが。
マウンドの土をならす沢を見る。
初球でアウトはカッコ悪くはないが、勝負がすぐに終わるのは確かにつまらないかもしれない。
三番は三輪隼。
「出ろよ!」
ネクストバッターサークルから声を張る茜一郎に大きく頷き、隼が打席へ。
スライダーに大きく空振りする。だが隼は粘った。二回のファールの後、四球で出塁した。
「やったぞ!」
一年生皆がガッツポーズをして、ベンチが盛りあがる。
四番の茜一郎が打席へ。
草薙がマウンドでまたしても沢と会話している。沢は草薙に攻撃的な笑顔で頷いた。光が反射して目を閉じてしまうような、ほんの束の間の笑顔だ。
茜一郎が一球目を見たかに見えたが、
「ストライク!」
コーチのコールに一年生ベンチがざわついた。
今まで一度も投げたことのないフォークだった。二球目は低い位置にストレート。ストライク。
三球目、フォークを茜一郎のバットのヘッドだけがかすり、頼りない金属音を立てた。マウンド前に力なく転がる。すぐさま沢が拾って余裕たっぷりの送球を一塁へ。
一回表終了。
沢と内野四人が実に楽しそう。そして外野も加わりますます楽しそうだ。
「まだ始まったばかりだぞ!」
茜一郎が声を張ると、少しはベンチに活力が戻る。
「友樹は深いところにいるか?」
茜一郎と同じく、軟式大会で友樹の実力を目の当たりにした隼が聞いてくる。
「いる。硬式は打球が速い」
「大丈夫か?」
からかい混じりに大志が言う。
「打球が速く来てくれればすぐ送球できるから、そらさなければ、アウトは取りやすい」
そらすつもりはないと、言外に語る友樹に大志は満足そうにした。
「行くぞ!」
茜一郎に続き、勢いよく円陣を組んだ。
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