第13話「あの! 聞きたいことが!」

 上級生同士の紅白戦。友樹たち一年生は駐車場からフェンス越しに見学する。


 バッチバチの空気感。高揚するシートノック。いつもより激しい声出し。一年生も気持ちが昂り、フェンスに押し寄せるくらい前のめりだった。


 二年生が先攻、三年生が後攻。二軍監督の号令に、轟くように二年生が応える。対する三年生は余裕かと思いきや、二年生以上の吼える勢いだ。


 三年の一番手は遠園シニアのエース高見あゆむだ。力が入っているように見えないのに、球が走るようだった。


「あれは?」

「最速は一三〇キロだ」


 いつもにこにこしている浅見コーチの声が笑っていない。浅見コーチさえ、じっと高見を見ていた。

 一三〇の数字に一年生はどよめいた。


 試合が始まる。


 一番草薙、空振り三振。完全に体勢を崩され上目で高見を睨むだけ。

 見上げていたものが簡単に踏み潰されたようなあまりのあっけなさに、友樹の胸に込み上げるものがあった。


 二番檜、投ゴロ。檜の笑みが消えて高見に敬意の眼差しを向けた。


 三番福山、レフトフライ。彼は大きく顔を歪ませた。


 三者凡退。


 友樹たちを苦しめた三人を、高見はいともたやすく可愛がった。


「がんばれー!」


 叫んだのは光だ。光こそが先ほど三人に敗れたのだから、熱くなったのだ。一年生皆が必死で二年生を応援し始めた。


 誰もが高見にくぎ付けになる中、友樹が見ていたのはショート。


 キャプテン新藤が泰然と三遊間を歩く。

 身長百七十センチほどの彼は高校球児の風格を身につけ始めている。腰が、腿が、張りのある肉感を漂わせる。


 他の野手は高見が三振を取ることをなんとなく察していたようで、動きが小さかったが、新藤だけは毎回立ち位置を小まめに変えていた。

 草薙の時は一歩前に出て、檜の時は中継を意識して二塁よりに。福山の時は深めに。


 友樹は土をならす新藤の足を見つめていた。友樹や草薙が立っていた空間は新藤のものになった。


 一回裏。ピッチャーは沢。


 一番、三年生のセカンド岡野葉月はづきが初球で三塁側に内野安打。草薙が悔しそうに眉を寄せ、目を伏せていた。


 二番、ライトの山口りつが七球粘り、ライト前ヒット。


 三番は新藤。友樹はフェンスを右手でぎゅっと握りしめた。新藤が素振りをするのをじっと見つめている。

 新藤が左打席に入り構えた。

 友樹の左手もフェンスを握った。


 初球を見た。際どいコースなのに微動だにしない。


 二球目は高く大きく外れた釣り球だ。


 次は低めに来るのがセオリーだ。

 沢、松本バッテリーはセオリーどおりに投げるだろうか。新藤はどうするのだろうか。友樹はドキドキして、緊張感を超えて高揚した気分になってきた。


 三球目、ストライクゾーン低めを、新藤のスイングが綺麗に掬い上げて、外野手の後ろまで飛ばした。


 顔が勝手に笑みを浮かべて、友樹は慌てて隠した。


 新藤がガッツポーズをすると、どこか冷静だった三年生たちが高揚し、喜びを改めて露わにした。低く太い歓声がグラウンドに響き渡った。


 三年生が二点先制。友樹は今すぐにでも鞄の中のスマホを取りだし持ってきて、新藤を録画したい衝動に耐えていた。指にフェンスが食いこむ。


 試合の半ば、三回表。二対六だ。


 一死一塁で三番福山。

 ランナーは草薙。

 ワンボールツーストライクの次、四球目で、体勢を崩されつつ福山が打った。センター前に抜けると思った一年生の歓声が明るく響いた。


 岡野が走りながらワンバウンドで捕球し、ショート新藤にトス。足の速い草薙をアウトにした。

 新藤の送球をファーストが大きく開脚してキャッチ、ダブルプレーだ。


 二年生を応援するムードの一年生はため息をつきそうな空気だったが、友樹は新藤を見て喜んでいた。


 三対八で七回表。


 二年生の最後の打者が三遊間に強い当たりを放つ。サードが取れなかった。ヒットだと一年生が束の間、盛りあがる。


 三塁線ぎりぎりまで走った新藤が、ぐっと土を踏みしめ体を止めてキャッチ。そしてステップして強肩で一塁へ。アウト。試合終了。


 こう来たか、と友樹は猫目を丸くした。

 友樹なら追いかけた勢いのまま逆シングルで捕り、ジャンピングスローにする。ジャンプすることで体を素早く反転させられるのだ。

 新藤のやり方と彼自身への興味が増した。


 試合が終了して、三年生が水分補給のため散らばると、友樹は新藤の元へ真っ直ぐに走った。


「あの! 聞きたいことが!」

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