革命のクラウディア -Klaudia die Revolutionar- インターミッション

青海イクス

幕間:ゲルマント、王都へ(1)

 商業都市ハーメスでの諸々が片付いた、世界市祭撤収終了の翌日。

 王都自警団一行は旅装を整え、ハーメスの飛空船空港に集まっていた。飛空船でエヴァンザへと向かうルベール達を見送るためである。彼らを見送った後、クラウディア達とゲルマントもそれぞれの目的地へと出発する手筈だった。

「それじゃあ、私達は行くわね。私がいなくてもしっかりやるのよ、お姫様」

「無論だ。そちらも気を付けて。二人を頼むぞ、サリュー」

 クラウディアとサリューが、それぞれの部下の責任を預かる者として約束の言葉を交わす一方で、その少し隣ではエメリアが出征に赴く恋人を送り出す女よろしく、悲しむ様子をこれ見よがしに造ってルベールに抱きついていた。

「ルベールさぁ~ん、お気をつけていってらっしゃいませぇ~。セリナさんとサリューさんに気移りしちゃダメですよぉ。エメリアちゃんのこと、片時も忘れちゃダメですからねぇ」

「あはは、それはそれで気が楽だったんだけどね。君も気を付けて、エメリア。君がしっかり仕事をしてくれれば、僕達の心配も減る。クランツと団長を頼むよ」

「きゃあ~ん、もちろんですぅ。エメリアちゃん、独り身の寒さに耐えながらがんばりますから、今度会ったらぎゅーってして褒めてくださいねぇ。楽しみですぅ、うふふふ」

 有頂天なエメリアを、柔和なルベールはなす術もないのか、頭を撫でてやったりしている。

 その様子を、セリナとクランツは少し遠目から見ていた。セリナはもう毎度のことながら、暑苦しいものへの鬱憤を吐き出すような盛大な呆れのため息を吐いた。

「またやってる……もう、何なのよあの二人。ルベールもルベールだわ」

「たぶん冗談だと思うよ、二人とも。わかってやってるんだと思うけど」

「それはたぶんわかってるんだけどね……あ~、なんっかイライラするなぁ」

 セリナはガシガシと頭を掻くと、ふんっと勢いよく顔を上げて、クランツを見た。

「ま、あんたも気を付けて行きなさいよね。あたしがいないんだから、いつも以上に周りには気をつけなさいよ。今回はあたしは助けてあげられないんだから」

「わかってるよ。セリナも気を付けて。メルキスでまた会おう」

 それに答えたクランツの言葉は、驚くほど迷いがなく明快だった。常にないクランツの吹っ切れたような態度に、セリナは一瞬不意を突かれたように目を丸くする。それを見たクランツは、自然な様子で、セリナのその驚きを訝しんだ。

「どうしたの、セリナ? 僕、何かおかしなこと言ったかな?」

「何も言ってないわよ。だからこそ、なんか今までのあんたらしくなかったと思って、ちょっとびっくりしただけ」

「今までの僕らしく、ない?」

「とぼけんじゃないわよ。あんた、今まではいっつもうじうじしてばっかりだったじゃない。そりゃ、何だかんだいっていろいろと行動はしてるけど、気持ち的に自分から強気に行くって感じじゃなかったっていうか……」

 セリナはそこで言葉を切り、クランツのブラウンの瞳を、その奥にある心を見定めるように見た。彼の瞳には、それまでに映っていた怯えの揺れがなくなり、以前よりも落ち着きを増したようにセリナには見えた。

 それを、彼が強くなっている喜ばしい証と見ながら、セリナは言った。

「でも、今のあんたの言葉には、そういう迷いみたいなものがなかったでしょ。なんか知らないけど、吹っ切れてるみたい。まあ、あんたってたまにそういう時あるけどさ。なんか、あったの?」

「…………」

 セリナの言葉に、クランツは我が身を見直させられたような気分になる。

(そっか……僕は、そんなふうに見えてた、見えてる……のか)

 そして、彼女が言うその理由にも、見当がついた。

 今、自分が吹っ切れているようになっている、その理由。

 ――僕も、クララさんが欲しくなったんだ。

 世界市祭の最終日、夜祭の喧騒の中で告げられた、強敵からの宣戦布告。

(あんなこと言われたら、うだってるわけにいかないじゃないか)

 あの時のことを思い出す度に、クランツは心が奮い立つのを感じる。

 あいつにも、十二使徒にも、世界のどんな相手にも、彼女を――クラウディアをみすみす渡すわけにはいかない。自分にとっての一番強い思い、それを再確認しただけのこと。

 その想いが自分を衝き動かす力になっていることを感じる時、クランツは誇らしい思いに満たされる。今、セリナが見えている自分は、そういう状態なのだろう。

 だから、クランツは臆することなく、セリナにこう言うことができた。

「まあ、ちょっとね。でも、大丈夫。心配されるような状態じゃないから」

 笑みすら浮かべて答えたクランツのいつになく力強い様子に、セリナはまだ納得がついていないらしく、なおも訝しむような目を向けて、こう訊ねた。

「あんたがそこまで心配ないって言える状態なのがこっちは逆に気になってるんだけど……本当に、大丈夫なのね?」

 その問いは、不安から来るものではなく、彼を信じるための確認だった。それを察したクランツは、迷いなく肯いた。

「うん。団長は――クラウディアは、僕が守るから」

 彼は何を潜り抜けたのか、今までにない、力強い言葉だった。

 セリナはそれを聞き届けると、感心したように薄く笑って、クランツに拳を突き出した。

「ふぅん。ま、そこまで言うならしっかりやんなさいよ。それと、なるべく怪我しないこと。無事にメルキスで落ち合えなかったら、お仕置きだかんね」

「ああ、気を付けるよ。セリナも、気を付けて。メルキスでまた会おう」

 クランツは迷いなく肯き、セリナの突き出した拳に自分のそれを突き合わせた。

 セリナはそれに力強く嬉しそうに笑むと、じゃあね、と一声、くるりと背を向けてサリューとルベールの待つ飛空船の入口へと歩いて行ったのだった。

 程なくして飛空船の出発時刻になり、入口のタラップがしまわれると、離陸準備に入る。左右両翼のスクリュープロペラが回転し、船体下部の魔導機構による重力と風力制御装置が稼働、二つの力による動力を得て、飛空船は徐々に安定加速。開かれたゲートから発進し、エヴァンザに向けて飛び立っていった。

 セリナ達を乗せて飛び立った飛空船が小さくなっていくのを見送りながら、

(そうだ……クラウディアは、僕が守らなくちゃいけないんだ)

 クランツは一人、再び引き締まった決意と共に拳を握りしめていた。


 商業都市ハーメス世界市祭を巡る諸々の業務があらかた片付いた、撤収の翌日。

 クラウディア達王都自警団の一行は、支度を整えてハーメスを出、それぞれに次の町へ向かった。

 クラウディアはクランツとエメリアを連れ、王国の南東の半島に位置する蒼海都市レオーネへ。

 ルベールはセリナとサリューに同行され、彼の実家でもある工業都市エヴァンザへ。

 そしてゲルマントは二組を見送った後、アルベルトにここまでの経過を報告するべく、一人王都へと舞い戻っていた。

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