ナカモトの日常
〇
第1話
ゴリラには三分以内にやらなければならないことがあった。
それは、目の前にいる三歳の幼女を笑顔にさせることである。胸元についている名札には【あさぎえみり】とあったので、ここからはえみりちゃんと呼ぼう。
えみりちゃんは、ゴリラのいる動物園からほど近い幼稚園に通う園児であるらしかった。この動物園は、キリンやゾウといったお馴染みの動物園とは違い、ゴリラが有名な動物園だった。このゴリラ、名をナカモトと言う。なんでも園長が、某激辛ラーメンチェーンがとても好きだからこんな名前らしいが、名に似合わず(は、失礼かもしれないが)非常に頭が良いゴリラだった。何を隠そう前述の情報はすべて、ナカモト自身が檻の中から聞いて得たものである。
えみりちゃんは、号泣していた。ゴリラのせいではない。三歳児特有の突発的な涙、でもない。そして、ナカモトは長年の経験から知っていた。あと三分もすれば、えみりちゃんを含むこの園児の群れはほかの動物のところへと移動することを。
飽きっぽい幼児たちは、そんなに長く同じところには留まっていない。稀にじっと同じところから動かない子もいるけれど、えみりちゃんも例に漏れずに「ごりらあきたぁ」と泣き叫んでいた。
さて、どうしたものか。
ナカモトはこの動物園の看板ゴリラである。経営が傾きかけたときも、園長が育児休暇をとったときも、この動物園を支えてきた。その自負がある。
ナカモトはうろうろと檻のなかを行ったり来たりしながら、この年齢の子を一瞬で笑わせることのできる言葉は、動きは何かを考えていた。
「みて、ゴリラさんが動いてるよ。行ったり来たり、かわい、くはないか?」
などと、引率の教諭が首をひねってナカモトに余計な事を言っている間も考え続けていた。
そして、
「ブンブンハロー、YouTube!」
突然だった。檻のなかから、いつも覗き込んでいる画面のなかの存在と同じ声がしたのは。
「え、すご。バリ似てるやん」
思わずえみりちゃんの隣にいた教諭は素に戻り、えみりちゃんも泣き止んでぽかんとしていた。
そして、
「え、ゴリラさんすごい! HIKAKINだー! すごい!!」
えみりちゃんが笑った。もう興奮に頬を赤らめてそれはそれは喜びに満ちた顔で。
こうしてナカモトはまたひとり、園児を笑わせこの動物園に貢献した。
帰ったら園長に話してやろう。
日本語で。
そう、ナカモトは思ったのだった。
おわり!
ナカモトの日常 〇 @kokkokokekou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます