オカルト学園新聞部 【虚構都市】
亀男
【REC】:
その頃俺はショッピングモールに現れる怪人の噂を調べていて、一年生ながらも表と裏、どちらの記事も任されててんてこ舞いになっていた時期だった。
新入生のお前は知らないと思うけど、その当時の部長たち、去年の三年生は皆やる気なんかなかったんだ。奴らは全員自分の受験のことに手も頭も一杯で、この部の責任者という自覚がまるでなかった。
二年に進級した今思うとそれも仕方がないかと思うけどよ、その頃の俺、まだ純粋無垢な新入生だった俺にとって、それは無責任でもあるし迷惑なことだと常々思っていた。
だってそうだろ?
本来あの部は街に蔓延る怪奇現象を追って報告するのが仕事であり使命のはずだ。他の呑気に青春してる部活動とは存在の意味合いからして違う。
部があるために怪奇現象を追うのではなく、怪奇現象を追うためにこの部が存在する。逆説は成り立たない。全ては街で起こる異様な現象を記事にして祀ることに集約されんだからな。
だからこの部に不幸にも選ばれた俺たちには、それを全うする義務があるはずなんだ。なのに当時の三年はそんな義務を自分の都合で放り投げ、それらをこともあろうか全て経験不足の後輩に押し付けて、さらには旧校舎の番ですら新入生の俺たちにやらせていたんだ。
俺はまだいいさ。入部してまだ日が浅くて、今のお前みたいに何も分からない状況だったからな。やらされることもほとんどがお使いのような簡単なものに限られていた。
だけど当時の二年生、今の三年の先輩たちはマジで大変だったと思うよ。お前もその内思い知ることになるけど、二年になると将来のことで色々と決めることが多いからな。そんな中で強制された義務とはいえ、自分の身に危険が及ぶかもしれない怪奇現象を追っかけるのはかなり、いや、相当に骨が折れたと思うよ。
そもそもこんな怪しげなことを家族にも友達にも誰にも言わずに活動していると、誰だって精神的におかしくなっちまう。かくいう俺も、この暇な状況でも辞めたいくらいに嫌気が差してるんだからな。
だけど先輩たちはその大変さをおくびにも出さなかった。理由は様々あると思うけど、一番はあの人達の代が特別だってことになるんだろうな。俺ら貧乏くじを引かされた生贄のような部員とは違って、先輩たちはアレから認められた稀有な事例、導き手と言って良いくらい特別な存在なんだよ。だからこそ先輩たちはあの状況下でも文句も言わずに黙々と作業をこなせていたんだろう。むしろその過剰なまでの忙しさも、先輩たちにとっては至福の時間とさえ捉えていたようにも見えた。
もしかするとそういう能力差というか天賦の才というか、悲しい現実も手伝って、去年までいた先輩たちは活動に消極的だったのかもしれない。俺もまだ一年程度しかこの部に在籍していないけどさ、こういうことにも才能っていうもんがあるんだなって、常々思わさられるわけよ。
だからといって当時の無責任な三年の先輩らを擁護するつもりはないね。むしろ奴らのほとんどが志望校に落ちたと聞いた時は嬉しいという感情さえ湧いたよ。
因果応報、じゃないけれど、やるべきことを押し付けて逃げるような奴が他で上手くいくわけがない。よしんば上手くいったとしても、それはただの幸運の偶然かそもそも大した目標でもなかったのさ。当たり前の義務さえろくに果たせない奴が、どうして自分だけ幸福になれるっていうんだ?
とにかく奴らはこの部においてのルール、義務を果たさなかった。その結果アレから怒りを買い、当然のごとく天罰を受けた。自業自得さ。今でも地元に留まってこそこそ浪人してるらしいけど、最近は駅前の予備校にも顔を出さなくなったって聞いたよ。後輩としてホント情けない奴らだなって、しみじみ思うね。
……え? 話が逸れかけてないかって?
そうかぁ? ……うん。まぁ、そうかもしれないな。だけどよ、お前さぁ、
……どうしてだって? そりゃ生意気な後輩だと思われるかもしれないからじゃないか。もちろん俺はそうは思わないけどね。たかが少し小生意気な一年がイキって何を言おうが、寛容な俺は気にしないよ? それくらい余裕でスルーするさ。まぁ一般論だ、一般論。そういう処世術をこの機に身に着けておくべきだって、優しい先輩からのありがたい忠告だな。お前がこれからどういう態度で接してくるかは知らないけどさ、聴くに値する説教だと俺は思うけどね。
……まぁいいや。それでお前が聞きたいこと、えーと……そうそう、去年まで在籍していた部員、
……あいつが突然失踪すること以外はな。
ドッペルゲンガー。
この部じゃあまりにも使い古された、手垢まみれの時代遅れなネタだよ。それこそこの部が創設された四十年前から使われていた、毎年度お決まりの定番ネタなんじゃないかな。
だけどオカルト好きには絶対に抑えておきたいポイントだよな。オカルトと言えばドッペルゲンガー、ドッペルゲンガーといえばオカルト。そこまでの印象はないかもしれないけど、それでも毎年誰かがネタ出し会議に持って来るくらいには知名度の高い題材だ。だから一年前のあの時も、雨宮が自らそれを調査しようと立候補したことに不思議はない。だけどそれがあいつの最初で最後の仕事になるとは、俺を含めた当時の部員たちは誰も思わなかった。
お前も過去の新聞とか資料とかで見て知ってるだろうが、雨宮はあの日から姿を消したまま今まで消息不明の状態だ。実家にもどこにも、雨宮がいそうな場所に現れたって話は全く聞かない。こんな部にいるからじゃないけど、まさに神隠しと思えるほどの消えっぷりだった。
家出といえばそれまでなんだけどよ、あいつに限ってそんなことはなさそうに思えるんだよな。もちろんたかが同級生の俺が雨宮のことを何から何まで理解してるとは言わないさ。だけど数ヶ月っていう短い期間ではあるけど、雨宮はそういうことを突然やるタイプには見えなかった。
……正直言ってよ、ここから先のことは口止めされてんだ。学校とか親とか警察にじゃない、
というより状況から見てもそうとしか思えなかった。あの誰もがいっぺんは企画して、深入りすることのヤバさに気付いて必ず避けるネタを、雨宮は強引に調査してる最中に消えたんだからな。
俺たちからすればそう考えるのはごく自然なことだ。だけどそれはあくまで第二新聞部の部員である俺たちだからだ。まともに社会で生活してる大人が、超常現象に巻き込まれて人が消えたなんて噂を信じるわけがない。部長はそう考えたのかどうか知らないけど、俺たちに雨宮についての一切の箝口令を敷いた。
雨宮がこの部でしていた全てに関わること、それらの活動を部員以外に絶対に口外するなとな。
……お前にこうして話したのは新入生とはいえ部員だからってのもある。だけど一番の理由は連帯責任ってのを感じてもらいたいのさ。どういうつもりで雨宮のことを訊き回っているか知らないが、この件を調べるつもりなら部長に睨まれるくらいのリスクは当然背負ってもらわないとな。
それでだな、雨宮が当時調べてた怪奇現象、複製人間が集団で住む廃マンションについてなんだが……。
県境の山裾にある朽ち果てた公営住宅の取材、あれは本当に大変だった。実は俺も最初の頃は一度だけ雨宮と一緒に取材しに行ったことがあるんだ。それきりあいつは独自に取材して、記事に関してはほとんど俺はノータッチなんだけど、あの一回だけでも死ぬ思いをしたのをはっきり覚えてる。
何が大変だったって、その廃マンションの調査自体がじゃない。調査自体は別にいつもと変わらないさ。所詮学生新聞でやる記事だ。そこらのお粗末なネット記事よりも毛の生えた程度しか情報を深掘りしないし伝えられない。
そういう現象を見た、又聞きしたって話を、当事者と思わしき人物に直接確認しに行くだけ。なんなら過去の資料を遡って調べてから、ちょっと現場を下見して写真を撮るぐらいで終えることもある。
誰でも知ってるようなメジャーな題材においては、それだけこの部でも太古から記事にされてきたものだから、参考にする資料は山のようにあるわけだ。俺も過去のOBが作った新聞のデータを見たことがあるが、結構な数の複製人間に関する記事が、あらゆる年代の新聞に載っていたよ。何度も言うけどメジャーなんだよな、この手のオカルト話って。
それじゃあ何が大変だったのかって言うと、それは取材対象そのものにじゃなく、雨宮自身の問題だったんだよ。雨宮が変わり者だっていう話はしたっけな? あいつは俺と同学年の女子だったんだけど……そうそう、ちょうどお前みたいな暗い奴だったよ、石積。
顔立ちこそ悪くなかったけど、妙に暗い雰囲気を常に醸し出しててさ、まぁこういう部にいるわけだから暗い奴が多いのは仕方ないんだけどよ、雨宮の暗さはそういうのとはちょっと違った。質が違うっていうのかな?
暗いのは暗いんだけど、卑屈な感じはしなくて、どこかその暗さを受け入れているようだった。友達がいないってわけじゃないし、全く喋らないってわけでもない。だけど雑談中急に饒舌になって、周りの反応もお構いなしに一方的に話し出すわけ。
……いや、オタクっぽいっていうか、なんか狐憑きみたいな感じで鬼気迫ってるんだよ。いつか精神的に暴発して人を突発的に殺しちゃうみたいな、そんな気軽に触れられない危うさを持ち合わせていたんだ。
そういう雨宮についての認識が部内で共有され始めた頃、あいつはいきなり複製人間を調べたいって当時の部長に言い出した。最初にも言ったけどよ、去年の三年はみんなやる気なんて端からない。ほとんど伝統として無作為のまま自分たちに押し付けられたと恨んでるような奴らだから、そうやって張り切って言い出す一年の提案もそのまま受けちゃったんだよな。
奴らにとっては都合が良かったんだろうよ。これで自分たちの負担が少しでも減ればいいってな。
……今にして思うと後悔することが多いよ。一回は俺も雨宮と件のマンションに調査しに行ったんだ。あのとき俺は雨宮の異常さに気付きかけていた。あいつはあの日、廃マンションに着くといきなり歌を歌いだした。流行りの曲とか鼻歌じゃない。校歌だぜ、校歌?
そんな誰も覚えてないような歌を、あいつは雨の中一心不乱に歌い続けてた。それも小一時間近くずっとだ。それを気味悪く思って俺は取材を切り終えると、一人で廃マンションの敷地から逃げ帰ったのさ。それからだ、雨宮の姿を見かけなくなったのはな。
一応言っとくとな、俺はな、雨宮のことを避けてはいたけど別に嫌ってはなかった。仲良くするつもりもなかったけど、いなくなれとも思ってなかった。だから当時は結構堪えたよ、なんせ最後の目撃者は俺ってことになったからな。当時の三年も結構トラウマを負ったんじゃねぇかな。だってあいつらがちゃんと監督してれば新入生の雨宮が消えることなんかなかった。雨宮の暴走を止めようとした二年の先輩たちの説得すら無視して、あいつらは何も考えずに雨宮を放置したんだから。
その結果この部から行方不明者を出して、俺たちは警察に聞き取りまでさせられた。全ては部長である当時の三年生が止められたことだったんだよ。
……あ? 廃道?
……そういやそんなことも言ってたっけな。確かに雨宮は廃マンション以外にも県境の廃道奥にあるトンネルにも行ってたはずだ。あそこは古くからドッペルゲンガーの目撃情報が多くてな。あの廃マンションの住人もそのトンネルから出てきた奴だって噂を誰かから聞いた覚えがある。
そういや雨宮はそういった目撃情報が載った過去の文献を熱心に調べてたっけ。だとしたらお前の言う通り、雨宮はあの廃トンネルで消えたのかもしれない。
……でもよ、何でそんなこと新入生のお前が知ってるんだ?
……まぁ、お前が言いたくないならいいさ。でも俺もそろそろこの話は切り上げさせてもらうぜ。なんだか急に寒くなってきちまった。まだ外の陽は完全に落ちてないってのになぁ。
こんな話をしたからだろうか、どっかで雨宮が見ているんじゃないかって思っちまう。あいつはさ、まだ生きてる気がするんだ。いや、生きてるってよりも、存在していると言った方が正しいかな。
じゃなきゃ今さら雨宮が色んな場所で目撃されだすはずがないもんな。
……はは、俺も一応は部員だぜ? いくらこのざまで幽霊部員に近いからって、情報集めくらいは小まめにしてるさ。お前らが聞き出した情報元とは違うだろうけど、俺はそういう方面だけは今も良好な関係に保っているんだ。
……当然自分の身を守るためにな。
……最後に一つだけ忠告しておく。何でお前らが雨宮の件を調べようと思ったか知らねぇけど、九門部長を怒らすことだけはやめとけよ。あの人は見ようによっちゃ温厚に見えるかもしれない。だけどいざとなったら閻魔大王も裸足で逃げ出すほど非情になれる人だからな。
俺も昔それを知らずに尻尾を踏みかけて、ヤバいことになりそうになった。これ以上は言いたくないから最後にしとくけどよ、あの部は普通じゃねぇんだ。普通じゃねぇから身内の振りして地獄に蹴落とそうとするヤバい奴らばかりだ。もしかしたら一年前の雨宮も、誰かの尻尾を意図せず踏み潰しちまったのかもしれない……。
とにかくこれ以上調査するってんなら用心だけはしとけ。あの部で信用出来る人間なんて皆無だからな。俺は今の三年の先輩たちを尊敬はしているが、信用はしていない。
あの人達は違うんだ。俺らとは根本的に違う人種なんだ。
……どう違うかはこれからゆっくりお前が直に会って判断すれば良い。もしかするとお前みたいな無謀な後輩を、先輩たちはずっと待ち望んでいたのかもしれない。
……まぁそれが真実かどうか分かるのは、その時までお前が生きていられればの話だけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます