第五回真実のラーメン選手権
雨宮ヤスミ
第五回真実のラーメン選手権
男には、テキサス牛田には三分以内にやらなければならないことがあった。
これから「第五回真実のラーメン選手権」の決勝の会場へ行き、ラーメンを作り、優勝せねばならないのだ。
しかし、牛田がいるのは決勝の会場である「大東京ラーメンドーム」ではない。そこへ向かう途上であった。
「店長!」
牛田の背後から声をかけてくるものがあった。牛田の経営するラーメン店「テキサスハリケーン」で最も有能なアルバイト店員・角野くんだ。
「間に合うンスか、これ!?」
「間に合うさ!」
牛田はあくまで強気であった。その強気が血で血を洗う、いや豚骨スープで魚介ベーススープを洗うとさえ言われるこの「ラーメン大春秋戦国時代」において、「テキサスハリケーン」を人気店に押し上げたのだから。
あまつさえ、国民一人あたりに十軒のラーメン屋があるとまで言われるこの時代に、「真実のラーメン選手権」の決勝に進出できる四人のラーメンマイスターに選ばれた。牛田は決してその不敵ともいえる態度を崩すことはないだろう。
たとえ、その決勝に今完全に出遅れてしまった原因が、自分の二度寝にあったとしても、だ。
「ヘイ、角野くん! こんなものはな、ピンチでもなんでもないんだよ!」
「ピンチどころか、もう終わりな気もするんですけども!」
決勝戦は午前十一時開始で、今は十一時五十七分だ。決勝の調理制限時間は六十分で、つまりは三分しか残っていない。そんな時間帯にも関わらず、牛田は会場どころかそこへ向かう途上だ。角野くんの通り、既に終わっている。
普通ならば。
「ノープロブレムだ、角野くん!」
牛田は被っているテンガロンハットを押さえながら、カタカナ英語丸出しの発音でそう叫び返した。
「まず、我々は確実に、三分以内に会場にたどり着く!」
「でしょうね! すごいスピードですもんね!」
角野くんは上下左右に揺れるからだが振り落とされないよう、必死に踏ん張りながらそう応じた。
テキサス牛田と角野くんは今、路上にいる。もちろん、ただいるわけではない。移動している、それも高速で。
乗っているのは自動車やバイクでも、飛行機でもない。
すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れに乗っているのだ。
バッファローの走る速さは通常、時速五十キロ程度だ。これは大体普通自動車くらいの速度である。
しかし、牛田が「こんなこともあろうかと」と、この「真実のラーメン選手権」のためにアメリカから呼び寄せていた、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れはその三倍、平均時速一五〇キロを出す怪物たちで構成されていた。
更に、その名が示すように、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、ビルや家屋を突き破り、学校や役所をなぎ倒し、国会議事堂や東京スカイツリーを踏み潰しながら、最短ルートで大東京ラーメンドームへと向かっているのだ。
この凄まじい動物たちを、あらかじめアメリカから呼び寄せていた先見性たるや、「まさに真実のラーメン選手権で優勝する人間にふさわしい慧眼だ」とテキサス牛田は自画自賛している。
「先見性あったら、普通はこんな……、うわっ!? 危ない動物を用意しておくんじゃなくって、ちゃんと目覚ましかけたり、前日に早めに寝たりすると思うんですけ、ど……!」
「そこがノーマルピーポー、凡人だというんだよ、角野くん!」
人とは違うことに命を懸けているのが、このテキサス牛田という男の本質であった。そして、それは突飛な行動によって担保されると思い込んでいた。
だから、牛田は「テキサスで牛との闘争に明け暮れていたが、ある時『その闘争心を活かせ』と師匠に言われてラーメンに目覚めた」という大嘘をプロフィールとして公開している。本当はテキサスどころか、本州から出たことさえないのに、だ。
「それに、このすべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、移動手段というだけじゃないんだよ!」
「それは、どういう、こと、です……かぁ!?」
浅草の演芸場を廃墟に変え、いよいよすべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れの速度は増してきている。店を出た時には乗っていた他のアルバイトと同じように、角野くんもいよいよバッファローから落馬ならぬ落牛しそうであった。
「こいつらをスープにするんだ! 牛骨スープにな! すべてを破壊しながら突き進むバッファローのパワーが込められたスープだ! きっと宇宙に、ユニバースにぶっ飛ぶテイストになるぞ!」
「そんな時間が、どこに……、あるんすか!?」
ここにあるさ! とテキサス牛田はどこからともなく巨大な鍋を取り出した。それは容量五百五十五リットルはあろうかというもので、どこからともなく取り出したとするには無理のある大きさだった。
「これはハリケーン圧力鍋ゴーゴーゴーだ。こいつにかかれば、バッファローを一頭スープにするのなんて三分もかからんさ!」
言うが早いか、牛田は近くにいたすべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れの一頭に、その巨大な鍋を被せた。
「むう!? こいつ、待て、じゃないウェイト! ヘイ! ウェイト……! この……、牛田ゴータロー様を、なめるんじゃないぞ畜生が! こら! こら! こらぁ!」
実際にテキサスで牛と格闘していたのかもしれないと思わせる手慣れた動きと凄まじい怪力で、一頭のバッファローがたちまち圧力鍋の中へと入ってしまった。
「このまま三分待てばスープは完成だ! 具は持ってきているよな、角野くん!」
返事はなかった。角野くんは既に吹っ飛ばされてしまっていたからだ。
「これだからノーマルピーポーは! 仕方ない! もう一頭潰すか!」
牛田はどこからともなく刃渡り十三キロはあるかと思うが実際はそこまでではない、それでもまあまあ巨大な包丁を取り出すと、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れの中の一頭に目をつけ、踊りかかった。
残された時間はそろそろ一分、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、いよいよ大東京ラーメンドームへとたどり着こうとしていた。
その頃、大東京ラーメンドームは阿鼻叫喚の地獄の巷と化していた。
十数台ものハシゴ車が駆け付けドームに向かって放水し、何十台もの救急車が駆け付けてケガ人や急病人をピストン輸送し、一台のパトカーが待機していた。
「逃げ遅れた人はいませんかー!?」
「メンオ! メンオがいないの! うちの子が! 誰か見ませんでしたか!?」
「煙を吸わないように! 姿勢を低くして避難してくださーい!」
「メンオ!? あ! うちのメンオもいない! メンコも……!」
「離れて下さーい! 危ないですから、離れて!」
「メンオー! どこなのー!?」
「煙を吸わないで! 危険です! 一酸化炭素中毒とかじゃなく、普通に!」
「ママー! あ、違った。僕もメンオって言うんですよ」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 世界が、ラーメンに埋め尽くされていくー!」
「そうなのね。多いよね、ラーメンがらみの名前。ブームだから」
「あ、幻覚を見ている人がこんなに……!」
「しっかりしろ! メンオなんていない! メンコもいないぞ!」
「メンオー! どこなのー! ついでにメンコもー! ママのところに戻ってー!」
「あんたもママじゃないだろ!」
この状況の原因は、第五回真実のラーメン選手権決勝に出場した、二人のラーメンマイスターにあった。
一人は穂村ホノオ。惜しげもなく使われた、最高級黒豚の脂が飛び散ることで、コンロはおろか調理台や鍋も燃え盛る大炎上クッキングで知られる、名うてのラーメンマイスターである。ちなみにこの調理法のために、穂村はこれまでに十三件自分の店を失っている。
第四回真実のラーメン選手権で優勝を果たし、二連覇を狙った今大会では、いつも以上に張り切って大炎上クッキングを行なった結果、大東京ラーメンドームの中で大火事を引き起こしてしまったのだ。
もう一人は、沙耶・オーアサ。客を薬物中毒にしてリピーターとするイリーガルなスタイルで知られる、ミスターLSDの流れを汲むラーメンマイスターである。
ケミカル系のミスターLSDに対し、沙耶・オーアサは「自然にあるものはすべて健康に良い」というオーガニック思想から、ナチュラルな違法薬物を使用していた。
この決勝でも、いつものように怪しい干した草を大量に持ち込んでいたのだが、それが穂村ホノオの大炎上クッキングと非常に相性が悪かった。
乾燥した葉っぱは非常によく燃え、おまけに幻覚成分の混じった煙を出した。これを吸った観客がバタバタと倒れ、結果今の地獄が生成されたのだった。
事態を重く見た真実のラーメン選手権実行委員会では、対応が協議されていた。
「選手の現状はどうなっている?」
「はい、穂村ホノオは病院に搬送されました。Ⅲ度のやけどだそうです」
「そうか、いつものことだな。心配は要るまい」
ちなみに穂村は第三回でも同様のやけどで入院している。優勝した第四回では大炎上クッキングそのものをしなかったのだった。
「沙耶・オーアサは逮捕されました。外に一台いたパトカーがそれです」
「メンオとメンコがどうのとか言っていたが……、まあトリップには慣れているか」
ちなみに沙耶・オーアサはこれまでも薬物の単純所持で六度逮捕されている。そのうち一度は、麺に使う小麦粉を所持していただけで誤認であったが。
「それから、ヴィクトリー田山も救急搬送されています」
唯一この騒動には関わっていないヴィクトリー田山は、この真実のラーメン選手権の常連たる実力派ラーメンマイスターだった。大炎上クッキングや薬物混入のような飛び道具を使わず、堅実で普通にうまいラーメンを作る素朴さがウリの一つだ。毎回準決勝で敗退する中、今回は初めて決勝に勝ち残った。
「田山くんもか……」
「俺には真実のラーメン選手権しかないんですよ、と泣いてました」
そりゃ泣くよ、と大会実行委員長・メンマ麺道は頭を抱えた。
「テキサス牛田は決勝に来ないし、どうしたら……」
その時、会議室に委員の一人が飛び込んできた。
「大変です!」
「それは本当に今より大変なことなんだろうな?」
メンマ麺道の剣幕にひるむことなく、その委員は身を乗り出して言った。
「すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、ドームに向かって猛進! はしご車をすべてなぎ倒して、今ドームの中へとたどり着きました!」
この状況からさらに悪化する事態があるのか、とメンマ麺道は嘆息した。
誰もいないぞ。
大東京ラーメンドームのマウンドの上で、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れから降りたテキサス牛田は、あたりを見回し首を傾げた。
すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、そのままドームの反対側の壁を突き破って、どこかへ走り去って行った。それを特に意に介した風もなく、テキサス牛田はつぶやく。
「おかしい……。穂村ホノオや田山さん、薬物女は一体どこに……?」
まだ十一時五十九分のはず、と牛田が調理の終わらない巨大圧力鍋を見上げた時だった。
『牛田くん!』
火事で半分焼け焦げたオーロラビジョンにメンマ麺道が映し出された。
「オゥ! 実行委員長!」
『実はかくかくしかじかでな……』
ことのあらましを説明され、テキサス牛田は「よっしゃ……、いやオーケイ!」と拳を握った。対戦相手がのきなみ救急搬送か逮捕された今、自分が優勝となるのは明白だからだ。
『喜ぶのはまだ早いぞ、牛田くん』
「ホワーイ、実行委員長? 対戦相手がいないなら、ミーが不戦勝では?」
バッファローの背に乗っていた時よりもアメリカ帰りを意識した喋りができるようになっているのは、会場に着いてホッとしたからであろうか。ねちっこさを感じるその口調に、メンマ麺道は眉をしかめた。
『そんなキャラ付けはいいから、早くラーメンを作らないか。ラーメンがなければ、真実のラーメン選手権の優勝者と認めることはできん』
「ホワット!? そんなフジョーリな! ラーメンがなければ、真実のラーメン選手権の優勝者と認めてもらえないなんて……!」
当然だろう、とメンマ麺道はあきれた様子であった。
「しかし、ノープロブレム! この圧力鍋にたーっぷりスープが……」
テキサス牛田は再び首を傾げた。火事の中でも健気に稼働していた、オーロラビジョン横の時計は十二時二分になろうとしている。
「おかしい……。もうとっくに出来上がっていていいはずだ」
テキサス圧力鍋555によじ登り、中の状態を確認しようとしたその時だった。
突然、クソデカ圧力鍋の蓋が震え始め、同時にビービーと音が鳴り始めた。
「おっと、これは今調理がファイナ――」
皆まで言うことはできなかった。
ドームを揺るがす爆発音とともに、テキサス牛田は蓋ごと吹き飛ばされたからだ。
すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れの上で、尋常じゃないほどの振動を与えられたせいだろうか。それとも、巨大な圧力鍋とは言え、平均時速150キロで走る化け物、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れの一頭を牛骨スープにするのは手に余る仕事だったのか。
原因は不明だが、哀れテキサス牛田は空の星となってしまった。
火事と圧力鍋の爆発で廃墟となった大東京ラーメンドームに、メンマ麺道ら真実のラーメン選手権実行委員会と審査員たちが姿を見せたのは、それから一時間後のことだった。
実行委員会の面々は、一人のラーメンマイスターを連れてきていた。
「それではこれからラーメンを作りますね」
彼は、決勝に惜しくも進出を逃したラーメンマイスター・早田ウルトラだ。早田はリュックから取り出した白い円錐台状の容器に、トラディショナルなやかんからお湯を注いだ。容器に蓋をし、その上に美少女フィギュアを腰掛けさせる。
「これで三分待ちます。その間、『美味しくなーれ、美味しくなーれ』と念じます」
少女と見違う中性的な容姿の早田のかわいらしい所作に、審査員たちは思わず見惚れていた。
やがて、円錐台の上の美少女フィギュアから「はわわ、三分経っちゃいました!」とやたらに高い声が上がると、早田ウルトラは敬虔な信者がその信仰対象の像を扱う時のように丁重に、そっとフィギュアを取り外した。
「はい、出来上がりました……!」
蓋を取り、審査員に見せたそれは、市販されているカップラーメンであった。
そのただのカップラーメンに、無類のラーメンマニアを――それもこのラーメン大春秋戦国時代にだ――名乗ることを許された審査員たちが、目を輝かせた。
「うまい! うますぎる!」
「早田きゅんの愛情が、か、感じられる!」
「すばらしい……! これほどのラーメンを食べたことはない……!」
「これが、早田ウルトラの力……! ダメだ、目覚めてしまう……!」
審査員たちの反応を見て、メンマ麺道は小さくため息をつき、しかし意を決した。
「それでは、第5回真実のラーメン選手権優勝は、早田ウルトラ!」
未曽有のバッファロー災害と火災、巨大圧力鍋の爆発によって、ほとんど廃墟と化した東京で、メンマ麺道は高らかに宣言した。
やったー! とぴょんぴょん跳ねて喜ぶその姿も愛らしい、早田ウルトラはこうしてラーメンマイスターの頂点に立ったのだった。
あれから一年が経った。
再建途中の大東京ラーメンドームにて、今まさに第六回真実のラーメン選手権の決勝が開催されようとしていた。
ちなみに、建設途中のドームが会場に選ばれたのは、前回大会のようなことが起きても、建設途中ならまた建て直せばいいという判断がなされたためである。
実況のアナウンサーが、決勝に進出したラーメンマイスターの名を次々に読み上げていく。
「去年の大やけどから奇跡の復活! 出るか、大炎上クッキング! 穂村ホノオ!
俺には真実のラーメン選手権しかない! 普通にうまいぞ、ヴィクトリー田山!
あの伝説の男がついに帰国! 決勝戦後は逮捕待ったなし! ミスターLSD!」
そして、四人目の男が姿を現した。
「テキサス、そして宇宙帰りの男がバッファローで到着! テキサス牛田ー!」
作りかけの会場をなぎ倒しながら、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れに乗り、テキサス牛田が入場を果たす。
圧力鍋の爆発によって「宇宙に行き、ラーメンの神髄を掴んだ」と嘯くこの男の登場で、会場はほぼ全壊したがそれは些事であった。ちなみに、当然ながら宇宙になど行っておらず、ただ全治三か月の大けがを負っただけであった。
「それでは、四人にはこれからラーメンを作っていただきます。制限時間は――」
三分。
それはあまりにも短い時間であったが、致し方ないことでもある。何せ、去年の早田ウルトラは三分で優勝したのだから。それと並ぶ調理時間でなければ、認められないのは道理であろう。
告げられた時間に、ラーメンマイスターたちは四者四様の反応を見せた。
「そんなの燃えないじゃんか!」と穂村ホノオは怒りをあらわにした。
ヴィクトリー田山は「俺には真実のラーメン選手権しかないのに」と俯いた。
ミスターLSDは特に反応せず、ただ白い粉を丸めた札で吸うのに夢中だった。
テキサス牛田は――、彼だけは不敵に笑っていた。
「三分以内にせねばならない? そんなの、ミーにとっては去年とセイム!」
位置について、と指示されて、四人はそれぞれの調理ブースへ向かう。
これから男たちには、三分以内にせねばならないことがある――。
〈第五回真実のラーメン選手権 了〉
第五回真実のラーメン選手権 雨宮ヤスミ @Yasumi_a
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