第20話 人定(亥の刻)

「リーリー。リーンリーン」

静かな部屋に虫の鳴き声が響いていた。


「こんなことを聞いていいのか

 わからないのですが、

 頼家が死んだ今、

 五代さんはやはり秀頼を選ぶのですか?」

「それは・・。

 頼家様があんなことになって・・。

 今は考えられません」


この時、ボクはふと思った。

五代は頼家のことが好きだったのではないか。

だからこそ頼家の命が狙われた。

そしてその犯人は・・。

秀頼?

もしくは菊子?


これは短絡的か。


頼朝も同じようなことを言っていたが、

先ほどの茶の間での富子の言葉も気になる。

もし秀頼と菊子の親子が

二人の言うような関係なら。


普通では考え難いことだが、

それを裏付けるような五代の発言もある。


夜霧の家は近代を迎えるまで、

近親婚によって栄えていた。


そこまで考えて、

ボクは自分の中にある複雑な感情に気付いた。

それは

北条清家に似た頼家が死んだことに対して、

ボクは大したショックを

受けていないということだった。

それどころか。

内心では天罰とさえ思っていた。


天罰。


もし。

頼家の死に神の意思が働いているとすれば

それはこの物語の作者である未来の意思である。

3人のいじめのせいで未来は不登校になり、

引き籠るようになった。

未来は小説の中で

3人に復讐をしているのではないか。

ならば。

義尚と秀頼も当然・・。


「・・どうしました、先生?」

五代が不思議そうにボクの方を見ていた。

「い、いえ。

 な、何でもありません。

 すみません。

 答え難いことを聞いて」

ボクは頭に浮かんだ考えを急いで否定した。

そしてカップの紅茶を煽った。


「あら。もうこんな時間?」

五代の言葉にボクは時計に目をやった。

いつの間にか22時を過ぎていた。


「先生、今夜はここに泊って下さい。

 あちらの部屋にお布団の用意をしますから」

そう言いながら五代はボクのカップに

新しい紅茶を注いだ。

「えっ?えっ!えええっ!!」

ボクは驚いて手に取ったカップを

落としそうになった。

「・・一人でこの家で寝るのが怖いんです」

五代は伏し目がちにそう呟いた。


たしかに。

五代は一度命を狙われている。

犯人の目的が夜霧家の財産であるなら

五代を殺すのが最も手っ取り早い。

そして頼家が死んだ今、

五代が死ねばその財産は義尚の手に渡る。


もし今後、

義尚が五代を襲うようなことがあったら。

ボクは彼女を守ることができるだろうか。


現実世界で

日野正義と対峙した時の恐怖を思い出し、

ボクの体は小さく震えていた。

ボクは頭を振った。

そしてカップの紅茶を一気に飲み干した。

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