第18話 噂

坤の宅の間取りは酉の宅と殆ど同じだった。


土間を上がった畳敷きの和室は

中央にある丸いちゃぶ台と、

部屋の隅の姿見以外には

目立った調度品はなかった。

生活感のないこの部屋を見て、

やはりここは小説の世界なのだと

ボクは改めて実感した。


「先生。

 これからどうしますか?

 もし聞き込みに行くのであれば、

 早い方がよろしいかと」

五代がちゃぶ台にカップを2つ置いた。

部屋の時計は21時を回っていた。

「う、うん・・。

 そ、そうですね・・」

ボクはカップを手に取った。

紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。

「本宅に住んでいる頼家がなぜ

 午の宅の露天風呂で死んでいたのでしょう?」

ボクは紅茶を一口啜って

気になっていた疑問を口にした。

「それは・・。

 たしかに午の宅は

 別宅の住人のために

 浴場として改修されましたが、

 奥様方や若様達も

 ごく稀に利用することはあります。

 広い内風呂と露天風呂は魅力的ですし、

 何よりかけ流しの温泉になっていますから」

つまり。

頼家は風呂に入るために午の宅にやって来た。

そして。

そこで待ち構えていた、

もしくは後から来た犯人に殺された。

ということか。


「あの・・。

 なぜ頼朝さんと秀吉さんは別宅に?

 秀吉さんと菊子さんのことはわかりませんが、

 頼朝さんと政子さんは

 夫婦仲が悪いわけではなさそうですが・・」

ボクはこの機会に

もう一つ気になっていたことを聞いてみた。

五代は少し困ったような表情を浮かべた。

それから躊躇いがちに口を開いた。

「夜霧の家では

 何よりも血が大切にされています。

 外からの入り婿であるお二人が

 本宅で生活することは

 許されていないのです」

そして五代は一度カップに口をつけた。

「夜霧の家は近代を迎えるまで、

 近親婚によって栄えていた。

 そんな噂が村にはあるんです」


「リーリー。リーンリーン」

虫の声が静かな部屋に響いた。


近親婚。


その言葉にボクは小さく震えた。

同時に

この物語を書いた未来の

心の奥の闇を覗いた気がして

背筋に悪寒が走った。

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