第14話 五代との会話①

酉の宅に戻っても

ボクの心臓はまだ僅かに波打っていた。

そして

暗闇の中、

月光を浴びた五代の裸体を思い出すと

ボクの下半身はその意志とは無関係に固くなった。


トントントンと戸を叩く音がした。


「は、はい」

ボクは頭を振って土間へ下りた。


「先ほどは・・」

戸を開くと

頬を赤らめた五代が立っていた。


「ぼ、ボクの方こそ・・。

 い、五代さんが入っているとは知らずに、

 そ、その・・」

そこまで話して

ボクは咄嗟に浴衣の前を押さえた。

「と、とりあえず・・

 あ、上がって下さい」

立ち話をすることは不可能だとボクは判断した。



ボク達は丸いちゃぶ台を囲んで座った。

五代の髪はまだ微かに濡れていた。

水も滴るいい女。

そんな言葉が頭に浮かんだ。


「・・私の顔に何か?」

「あっ、い、いえ。

 に、似たような人を知っているので・・」

ボクは適当な言葉で誤魔化した。


「あら。

 それはどんな人ですか?」

「そ、それは・・」

五代が真っ直ぐにボクを見つめていた。

ボクは慌てて目をそらした。


一瞬、部屋に沈黙が流れた。


ボクは小さく咳をした。

「そ、それよりも。

 い、言い訳するつもりはないんですが、

 ボクが脱衣所に入った時、

 他に着物は見当たらなかったんです」

そして改めて先ほどの事故の釈明をした。

そう。

あれは事故だ。


「そのことは気になさらないで下さい。

 戸口に鍵を掛けなかった私が悪いんです」

五代の話を聞きながら、

ボクは坤の宅と巽の宅からは

直接、露天風呂に通じる裏道がある

と小説に書かれていたことを思い出した。


それにしても不用心すぎないか。


「大丈夫です。

 午の宅のお風呂は私達使用人の家族と

 頼朝さんくらいしか使いませんから」

まるでボクの考えを読んだかのように

五代は言葉を続けた。

「先生、それよりも。

 どのように調査を進めますか?」

「あ・・ああ。う、うん・・」

そう言われてもボクには何の策もなかった。


「やっぱり動機を考えたほうがいいのかな。

 なぜ犯人が殺人という行為に手を染めるのか。

 それがわかれば・・」

「せ、先生?

 殺人というのはどういうことですか?

 私達は脅迫状の送り主を

 見つけるんですよね?」

五代の表情には明らかな驚きが見えた。


今のは完全にボクの失言だった。

「え、えっと・・

 そ、それは・・」

ボクは額に浮かんだ汗をそっと拭った。

流石にこれが推理小説の世界だからとは言えない。

「・・脅迫状には『血の雨』という表現が

 使われていました。

 そこには殺人も厭わないという

 送り主の意志が感じられます」

「単なる脅しではないと?」

五代の表情が険しくなった。


「・・そう言えば。

 先生はどうして姫様の

 遺言状の内容がわかったんですか?」

「は、ははは・・。

 手品の種明かしを聞くのはルール違反ですよ」

ボクは笑って誤魔化した。

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