三章 浴場と欲情

第12話 午の宅(脱衣所)

「後でタオルをお持ちします」

竹千代はそう言うと

来た道を引き返していった。


ボクは小さく溜息を吐いてから

戸を開けて中に入った。

広すぎる脱衣所には誰もいなかった。

ボクは少しだけ安心した。

裸を他人に見られることに抵抗があった。


浴衣を脱ぐと

冷やりとした空気が全身を包み込んだ。


ボクの目が脱衣所の姿見を捉えた。

ボクは恐る恐る鏡の前に立った。

そこには色白の細い体が映っていた。

ボクは力こぶを作ってみた。

貧弱な二の腕が僅かに盛り上がっただけだった。

ボクは視線を下げた。

そこには

力なく垂れ下がった小さな芋虫がいた。


その時、

ふと頭の中に一人の少女の顔が浮かんだ。

姫島蘭子(ひめしま らんこ)

宿禰市磐井高校3年2組の学級委員長。

いじめられていた未来を気にかけてくれていた

唯一のクラスメイト。


成績は学年トップ。

性格は男勝り。

三つ編みの黒髪に

横一直線に切り揃えられた前髪。

度の強い丸眼鏡をかけていたが、

その眼鏡の下の素顔が整っていることを

ボクは知っていた。

そして白い肌とメリハリのある魅力的な体。


そこまで考えたところで

元気のなかった芋虫が

息を吹き返したかのように

みるみると蛹へと成長し始めた。


ボクは慌てて頭を振った。

そして両手で頬を軽く叩いてから

浴室へ通じる戸を引いた。

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