第3話 見知らぬ部屋

3人は夕食の準備があるからと

部屋を出ていった。

一人残されたボクはそっと頬を抓った。

鈍い痛みが走った。


ボクは立ち上がって襖を開けた。

そこには10畳ほどの

畳敷きの和室が広がっていた。

丸いちゃぶ台と

大きな姿見があるだけの

殺風景な部屋だった。

テレビすらなかった。

正面に大きな窓が、

左手にやや小さな窓があった。

右手には広い土間が見えた。


ボクは姿見の前に立った。

鏡に映ったのは見慣れたボクの顔だったが、

着ている服は普段のジャージではなく、

「菊に青短」が刺繍された浴衣だった。


その時、

部屋の壁時計が

ボーンボーンボーン・・

と時を5つ告げた。


ボクは小さい方の窓の前に立った。

右前方、視線の先には一軒の家が見えた。

もしここが小説の世界なら・・。

あの家は・・。


乾の宅。


ボクは『夜霧家の一族』の

プロローグを思い返した。



名探偵、風来山人は

夜霧家の当主の依頼を受けて

とある山奥の村を訪れる。

そして村外れにある夜霧の屋敷へ向かう道中、

湖でボートを漕いでいる美しい少女を見かける。


探偵が少女に見惚れていると、

突然、ボートが傾いて少女が体勢を崩す。

ボートに異変が起こったことは明らかだった。

探偵は少女を助けるために湖に飛び込む。

しかし探偵は泳ぐことができなかった。

藻掻き暴れながら

探偵は徐々に水の中へと沈んでいき、

意識を失う。

そこへ男が現れて、

探偵は男と少女に助けられる。

何とも間抜けな探偵だった。


助けられた探偵は

夜霧の屋敷へ運ばれて、

「酉の宅」で目を覚ます。


夜霧家の広大な敷地には

本宅を中心として、

7つの別宅があった。


北には子の宅。

東には卯の宅。

南東に巽の宅。

南には午の宅。

南西に坤の宅。

西には酉の宅。

北西に乾の宅。



ボクは髪に手を当てた。

若干だが濡れていた。


改めて部屋の様子を確認した。

ボクの目がちゃぶ台に置かれた

古い懐中時計を捉えた。


ボクの持ち物らしい。

先ほど、五代がそう言っていた。

ボクの荷物はそれだけだった。


ボクは懐中時計を手に取った。

時計の針は5時を少し過ぎていた。

水に浸かったはずの時計だが

不思議なことにどこにも異常はなかった。


その時、

外から

「リーリー。リーンリーン」

と虫の鳴き声が聞こえてきた。


ボクは両手を広げて畳に倒れ込んだ。

天井とその照明に歴史を感じた。

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