3分以内にしなければならないことがあった

ぱんのみみ

書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』

「君には三分以内にやらなければならないことがあった」

 目の前の男は静かに煙草に火をつけながら語る。

「正確に言えばある、だがな。とはいえもう期限の時間の三分は過ぎてしまった。残念ながらタイムアップという訳だ」

「おいおい、待ってくれよ。アンタが俺を責めたい気持ちは分かるさ、十二分にわかる。でもよ、俺が事を説明されてから、その三分のタイムリミットとやらが始まるまでほんの少しの猶予もなかっただろうが」

 俺の抗議に男は黙って煙草の息を吐いた。つい三分程前、彼に呼び出された俺がこの部屋に来て早々に言われたのがお前には三分以内にやらなければいけないことがある、だった。その三分がどこから計算しての三分だったのか知るよりも前にこの男は先の宣告をしたのだ。


「大体なんだよ、なにをしなきゃいけないのかも教えてくれなかったじゃないか」

「聞かなかっただろ」

「聞かなくても教えてくれよ。切羽詰まってる時こそ丁寧な報連相。だろう?」

「三分はそんなに優しいか?」

「少なくともカップラーメンをひとつ作るくらいの猶予はあるだろ」

 考えを改めたのか、男は姿勢を正した。今更、何もかもが遅くなったと宣告しているのに説明はしてくれるらしい。まあ、何事も手遅れになってから始まるものだ。


「今から、つまり君がこの部屋に入ってきたタイミングからの計算で三分後、この街に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが訪れる」

「ごめん、ごめん、これは俺が悪いのかも――なんて?」

「今から、つまり君が」

「そこじゃなくて。この街に、何が来るって?」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」

 もう一度言葉を反芻する。否定されなかったということは、聞き間違えではないと言うことだ。

 正直に言おう。なにそれ。

「君が三分以内にこれに対する対処法を考えなかったせいでもうじきにこの街は壊滅し、日本もまた、この世界から消える」

「そんな大事なこと本当にちゃんと説明してくれよ……え、待って、俺のせいなの? ていうかなんでバッファローの群れのせいで日本が滅びそうになってんの」

 いくら仰々しい形容詞がついていたとしても所詮はバッファローの群れであるはずだ。草食動物の大群の威力を知っている訳では無いが、人間には無類の兵器がある。それらで対処出来ないはずがない。


 だがそういう考えを嘲笑うように男は首を横に振った。

「このバッファローの群れはアフリカで発見された。それまでどのようにして存在していたのかは謎だが、奇妙なのはこのバッファローの生体の方だ。これらのバッファローが通った場所は全ての物が破壊される。それは建物、人、動物、植物と言った物質もそうであるし、川を流れる水……それに概念もだ」

「概念」

「そうだ。このバッファローが通った場所は名前のないなにかになる。虚無のようなものだ。我々の持つ概念ではそれを説明する術は無い。その場所は我々と紐付けされない何かになる。原理は知らないが、危険なことに変わりはないだろう。だからいくつかの国が核弾頭をぶち込むことにした。少なくともバッファローの群れによって世界が壊滅されるより核戦争の方が余程マシだと思われたからだ」

「物騒だな」

 だが知る限り核弾頭が爆発したような話は聞かない。となるとだ。これまでの話を総合するに。

「バッファローの群れは落とされた爆弾を破壊して突き進んだ。勿論、ただの破壊じゃない。この世界から抹消されたんだよ」

「ダメじゃねーか」

「バッファローの群れはもう止められない」

「それを俺が止められると思ってたことの方がびっくりだよ」

「あれはこの世界の全てを破壊して突き進む」

「人の話を聞いてないな、さては」


 灰皿に擦り付けた煙草から煙が上がる。確かに遠くから地鳴りが聞こえる。まるで唸り声をあげるこの星そのもののようだ。あれが、バッファローの群れの足音か。つまり世界の終焉の音という訳だ。

「なあ、最後に聞いてもいいか」

「なんだ」

「何で俺だったんだ。アンタなら誰だって呼べただろ」

「……フッ、そんなことか」

 男は中折帽を手に取り立ち上がる。終末はそこまで来ているのだ。こんなところで時間を潰しているような暇は無いのだろう。俺もそれに賛成だ。だから、聞いておきたいと思った。

 この男の下には無数の人間がいる。そして俺とこの男は長らく連絡をとってなかった。今になって自分に連絡をしてきた男は笑う。

「君と組んで無数の難題を解決してきた。あの日仲違いしてから連絡もとってなかったが、それでも最後に残った希望は君の手元にあると確かめたかった」

 無駄に終わったがな、と男は付け足す。


「君は人生最後の日に何をする?」

 去り際に男は尋ねる。

「さあ、そんなの考えたこともなかったよ」

「君らしいな」

「良いになるといいな」

「……ああ、良い終末を」

 男は手を振って部屋を後にした。


 ……俺にはあと三分以内にやらないといけないことがある。

 無意に終わるかもしれない。そもそも手の中は空だ。最後に残った、ちっぽけな希望だけだ。地平線の果てにバッファローの群れが見える。あれが都市の中心部に辿り着くまで、俺が思うに三分。

 その向こうにある月曜日に辿り着くために、俺は事務所を後にした。

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3分以内にしなければならないことがあった ぱんのみみ @saitou-hight777

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