Twilight

@moyashi-_-

Twilight

部室に置かれた2台の早押し機の前には、私と隼人はやとが座っている。

6-6の同点。この問題を取った方が、この部活内杯の勝者となる。

つまり、この問題で全てが終わる。

「問題」

司会兼問読みの山中楓やまなかかえでが続ける。


「『今私のねが/」

ここで部長の東野隼人ひがしのはやとがボタンを光らせる。

静かに目を瞑り、彼は腕を組む。

頭の中には答えとなる候補が駆け巡っているのだろう。

そして、静かに解答する。


「翼をください」

その瞬間、聞き馴染んだ正解音が部室中に響き渡る。

彼は顔に笑顔を浮かべながら、小さくガッツポーズをしている。

やっぱり私は、最後まで勝てなかった。

かえでが一言

「ということで最後の部活内杯優勝は…東野隼人ひがしのはやと!!」

悔しがる私を嘲笑うかのように、部員全員から隼人はやとへ拍手と歓声が沸き起こった。

全員と言っても、せいぜい数人ほどしかいないのだが。


今日三月十五日は、私、宮部茜みやべあかねが所属するクイズ研究部にとって最後の活動となる。隼人も颯も私も、あと一週間もしないうちに、この高校を卒業する。

だから私たち三人にとっては、今日が引退試合だ。


そして私は今日、隼人はやとに告白をしようと思う。

隼人はやととは元々幼馴染で、住んでる家が近かったので小学生の頃にはよくお互いの家に行って遊んでいた。

高校に入学して、彼に誘われて入ったのがこのクイズ研究部。

私が知らない知識を淡々と答える彼の姿はやっぱりかっこよかった。

「もし、隼人に勝てたら、私、告白しよう。」

そうかえでと決めたのは一年生の頃だっただろうか。当然、このことは隼人はやとには秘密だ。

隼人はやとに勝ちたい。」私はこの一心で三年間、必死に努力した。

でも、届かなかった。最後まで勝てなかった。


「二人ともいい試合だったよ。お疲れ様。」

かえでが話しかけくる。

「結局隼人はやとには一回も勝てなかった。」

「まあな」

「お三方とも、これで終わりなんですね。」

後輩の中村裕人なかむらひろとも話に加わる。

彼はこの部活の次期部長になる。

「終わらせたくはないけど、仕方がないな。ところで裕人、この黒板に書いてるって何だ?」

「私も気になってた」

「実は後輩たちからのサプライズとして、エキシビジョンマッチを行わせていただこうと思います!」

「流石次期部長、やるね」

私がそういうと、彼は恥ずかしかったのか、嬉しかったのか、口角が少し上がった。


部室に夕陽が差し込む。

今、目の前には早押し機が3台ある。

左にはかえで、右には隼人はやとが、正面には司会兼問読みとして裕人ひろとが司会席に座っている。

「では、エキシビジョンマッチのルールを説明させていただきます。ルールは3○1×

つまり3問正解で勝利、1問誤答で失格です。誤答した場合、その人はその問題の間お休みです」

これは今まで部活で練習したことのあるルールだ。

シンプルながらも駆け引きや押す勇気などが試される奥深いルール。

「さらに今回は答えとなるワードをみなさんからお聞きします。

テーマは『伝えたいこと』です。」

そういうと裕人ひろとから紙とボールペンが渡された。

「このよく考えたな」

「ではみなさんは、その紙に伝えたいことを2つお書きください」



私は紙に「感謝」「告白」と書いて紙を裕人ひろとに提出した。

他のみんなも裕人ひろとに提出した。


「今から後輩一同、問題を作ります。10分ぐらいで終わる予定ですので、少々お待ちください!」

そういうと彼は、後輩たちを引き連れて部室を後にした。


まもなく10分が経とうというところで、後輩たちが部室に帰ってきた。

裕人ひろとが司会席に座るや否や

「おまたせしました。只今よりエキシビジョンマッチを開催します!」

私たちの拍手で、再び教室が活気付いた。

「ここにみなさんが書いた答えを元にしたクイズが六問あります。ここからランダムに一問取り出し、読み上げます。それでは、準備はいいですか?」


「当たり前だ、部長の意地を見せる。」と隼人はやとが、


「じゃあ私は問読みの意地を見せる。」とかえでが、


「そしたら私はこの三年間の努力を結果で見せる。」と私が言う


全員がボタンに手をかける。これが本当に最後のチャンス。

「問題」

部室が静まり返る、息の音ひとつすら聞こえるほど集中している。

「前の人が起こした火が残ってい/」


かえでのボタンが光る。考える仕草すら見せずすぐさま解答する。

後釜あとがま

正解音がなる。部室に拍手が巻き起こる。


「正解です。ちなみに続きの問題文は、


前の人が起こした火が残っている間に次の釜を火にかけることに由来する、前任者が退いた後、すぐ変わる人のことを言う漢字二文字は何でしょう? 


でした。これは、かえでさんが提出したものです」


「せっかく最後だし、裕人ゆうと、お前に伝えたいことがある。」

そういって立ち上がった隼人はやとに部室内全員の注目が集まる。

「もう俺たちはいなくなる。けれども、クイズは続けるつもりだ。だからまたどこかで会える。その時に戦おう。その時まで、この部活を守ってくれるか?」

裕人ゆうとは泣きそうになりながらも答える。

「絶対、絶対に戦いましょうね」

「それは、約束する。」

二人は握手を交わした。


数秒間の静寂せいじゃくの後、試合が再開される。

「それでは気を取り直して参ります。問題」

かえでが一歩リードの展開。負けられない勝負。


「NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』のしゅ/」


私がすぐさま反応し、ボタンをつける。

隼人とタッチの差で私は解答権を得た。

最後に聞こえた”しゅ”は、おそらく主題歌の"主"だろう。

そう確信を持って解答する。

「ありがとう」

正解音が鳴り響き、拍手を送ってもらえた。


「正解です。ちなみに続きの問題文は


NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の主題歌として書き下ろされた、

いきものがかりの楽曲はなんでしょう?


でした。これもかえでさんが提出したものです」


「では私も。」

そういうと楓は立ち上がり、一呼吸おいた。

「私はこの部活が大好きです。大学に行ってもクイズは続けるのでまたどこかで会えたら嬉しいです。今まで本当にありがとうございました!」

温かい拍手に部室が包み込まれた。


「では三問目です。問題」

月明かりに照らされながら、もうこの部活に残された時間はほんの僅かであることを痛感する。


「江戸川乱歩、ヴェートーべン、かつし/

私がボタンをつける。正直、現段階では答えはわかっていない。ただ、

このシンキングタイム5秒で答えまで辿り着けるという根拠のない自信があった。


最後の”かつし”はおそらく”葛飾北斎”だろう。となると、この三人に共通することを答えれば正解になるだろう。よって、おそらく答えは…


…?


「5.4.3…」

シンキングタイムのカウントダウンが迫る。

答えに確信はある。合っている自信もある。ただ、答えられない。答えたくない。


答えることで遠くへ行ってしまいそうな気がする。消えてしまいそうな気がする。


けれども答えるしかない。解答権を得てしまった私は解答する。


「引っ越し」


今まで、これほどまでにも正解音を願わなかった日があるだろうか。

その思いも虚しく、部室には正解音が鳴り響く。


「正解です。ちなみに続きの問題文は


江戸川乱歩、ヴェートーべン、葛飾北斎らはこれを生涯でたくさん行ったとされる、

今いる住居から別の場所へ住居を変えることを何というでしょう?


でした。これは隼人はやとさんが提出したものです」


隼人が口を開く。

「遠い県に引っ越すことになりました。なのでここにいられるのは今日が最後です。あかねかえでも今まで本当にありがとう。」

私は泣きそうな感情を殺して喋る。

「これで、この部活も、私たちも最後だね。楽しかったよ。」

最後なんか嘘だと信じたい。

「だから、このエキシビションは全力で楽しませてもらうよ。」と彼は言う。


最後だ。最後だ。もう終わりは近い。

最後に伝えなきゃ、絶対に後悔する。

震える手で、涙で濡れたボタンを持って。


裕人ゆうと、問題を。」

泣いている私を見たかえでが全てを察してくれた。

私が少し落ち着いてから一言。

「大丈夫、まだ舞える。」


「では、参ります。問題。」

部室内には重い空気がのしかかる。息が苦しい。でも戦うしかない。

思いを伝えるために。

「英語教師だった頃の夏目漱石は『つ/」


三人全員がほとんど同じタイミングでボタンを押す。

ボタンが点灯しているのは、私だ。

考えることすらままならない。答えもわからない。

何やってんだろう私。何で押したんだろう。

何でこのボタンが付いてるんだろう。今日で終わってしまうのに。

この部室とも、このみんなとも、このボタンとも。

ふと、手元に目をやると、ボタンともうひとつ光るものがあった。

手に落ちた私の涙のしずくが窓から差し込むに照らされている。

そこで私は閃く。”


「I love you.」


軽快な正解音が鳴り響き、勝敗が確定する。

少しずつ受け入れたくない現実を受け入れていく。

「ということでエキシビジョンマッチ優勝者は宮部茜みやべあかね。」


ああ、やっと勝てたんだ私。あとは思いを伝えてるだけ。

これで全部、終わりにしよう。これが私がだ。

深く深呼吸をし、そう意を決した最中さなか、ひとつの疑問が浮かび上がる。

この”I love you.”は、


かえでが提出したのは「後釜」「ありがとう」

私が提出したのは「感謝」「告白」

そして隼人はやとが提出したのが「引っ越し」そして…



「最後に、あかねに伝えたいことがある」そう言い出したのは隼人はやとだった。


「実は私もずっと伝えたかったことがあって」


「月が綺麗ですね」


今日は満月。薄明かりに照らされながら、物語は静かに幕を閉じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Twilight @moyashi-_-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ