第30話「灰蜘蛛VS火猫ー4」
――――――曰く、総極とは己の魂に指をかける
魔術は総極に至るための手段とも言え、そして総極とは万能に至るための一歩である。
総極を開花した魔術師は、自分の魂を万能に至るための道具にすることと同義であり、使う総極によっては代償を支払うこともある。それはどれほどの研鑽を積み上げた者であろうと関係ない。
「術式、拡張。疑似神核、励起。界域、展開出力を60から80に拡大」
巨大な蜘蛛の姿をした式神、魅笠の上で結人は自分自身と界域に対して新たな
目の前には太陽、もしくは地獄の炎を思わせる巨大な火球を形成している途中の
こうしている間にも彼女は界域ごと結人を焼き尽くそうと魔力を収束させていた。彼女の周囲は人間が生きていける環境下にあらず、現在の結人でも無理に接近しようとすれば有無を言わさず焼き尽くされる。魅笠と共有している神核を励起させていなければ今の段階で結人は内側から焼かれていただろう。
両手を広げて自分と魅笠の周囲に糸を飛ばし、指を高速で動かし、脳内に想定した術式の刻まれた“網”を構築していく。
「
現状の自分に出来る有効手段を、想定を上回る速さで構築していく結人。
現在、結人が展開している界域「無間獄墓処」の効果は鋼糸呪法だけではなく、結人が行使する術全般を強化することが出来る。
具体的な内容は
1. 鋼糸呪法を基本とした術式全般の性能強化
2. 葛城結人が使用できる魔術の基礎能力の強化
3. 界域内部の空間を操作
となる。
血液とタンパク質を魔力と共に消費して使う鋼糸呪法のコストを削減し、自動的に行われる強化術式によって強化された糸から、術式刻印が描かれた糸の網、
設置された
「ふぅぅ……!」
印を組んだまま、自身の体内に魔力を溜め込んでいく結人は意識を集中させて、これから行う攻撃についてのシミュレーションを繰り返す。
魅笠のバックアップがあるとはいえ、疑似神核を励起させるということは相応に負荷がかかる。
元は神霊である魅笠との契約によって手に入れた疑似神核を使うに相応しい
だが逆にその権限がない状態でやれば、
「収束・圧縮・回転・編まれる刻糸・狭間の渦」
詠唱と共に合掌をし、手のひらを開くとその間に糸が細かく収束・圧縮され、中で魔力と糸が激しく渦巻いた球体を作り始める。
鋼糸呪法・拡式、
かつて市民体育館でクリュサと戦った時に使用した技。今度は、界域と魅笠のバックアップを受けながら、灼華御前の炎を真正面から突破する。
相性の悪い炎の力に対して正面突破するという、あまりにも無謀としか言いようがない試みではあったが、もはやそれしか手段がないし、そもそも結人はそれしか出来ない。
「微力ながら、我も手助けしよう」
魅笠はそう言うと、自らの魔力を結人に送り始めた。
「ぐっ……」
零落しているとは言え、魅笠は元神霊。彼にとって微力なものであったとしても、その力はあまりにも膨大。あくまで制御するのは術者である結人である以上、彼はその分だけ大きな負担を背負うことになる。
手のひらに収束させている魔力の渦には凄まじい圧がかかっており、それをミリ単位の調整を入れながら行っている。少しでも調整をミスすれば結人諸共吹き飛んでしまうだろう。
魅笠が懸念していたのはこのことだ。この戦法は術者に大きな負担をかけるだけではなく、場合によっては命を落としかねないものだからこそ、結人に覚悟を問うたのである。
“まだ、いける……! 後少し、後少しだけ魔力を込めれば……!”
この調子なら灼華御前の炎を突破することが出来る魔力を込め、撃ち込むことが出来ると判断し、結人は引き続き魔力を必死にかき集める。全身の血が沸騰しそうになるほどの熱さを感じながら、ブラックホールもかくやという勢いで収束し、随時圧縮していく。
「今更なにをしようとしたって無駄!! さあ、何もかも燃え尽きろぉ!!
灼華御前はそう叫び、全面に展開した魔法陣から極太のビームと見紛うほどの火炎を放出した。
「!! 拡式、渦巻斬・極の段!! いけぇ!!」
それから少し遅れて、結人は手のひらに収束させていた大玉の糸を頭上で巨大化させ、それを一気にぶん投げるように発射した。
膨大な魔力質量と密度をまとった糸と魔力で出来た、全てを切り刻む巨大な魔の糸玉。
怨嗟と冥府の炎をからなる、高出力の魔力砲撃。
その二つが真正面で衝突する。
「ぐぉぉぉぉ……!!」
両手を前に突き出して耐える結人。
炎という普通ならば燃えるのが必定であるはずの、高密度の糸玉は激しく火花を散らしながら、灼華御前の放った炎と拮抗している。
「アタシの炎に勝てるとでも思っているの? バカバカしい。そんなものでアタシの炎を超えられるわけないでしょ!」
灼華御前は苛立ちと全身に回る火の熱に急かされ、更に火力を上げた。
もとより彼女も決死の覚悟で攻撃を行っている。もしも、この攻撃で結人を仕留めきれなかったら、彼女自身も後がない。
「クソ……! まだ、まだ足りないのか……!」
押され始めている状況に結人は舌打ちをしつつ、更に
だがそれは諸刃の剣。急激な速度で流し込まれ、消費する魔力の奔流は結人自身を内側から傷つける。それこそ、魅笠のバックアップが間に合わないほどに。
「ごふっ……」
気が付くと、口から血を吐いていた。急激に循環し消費される魔力によって、体内の臓器が傷ついたらしい。
「マスター。いや、小僧。お主、中がとてつもないほどにグチャグチャになっておるぞ」
足元で結人の血を舐めた魅笠が言った。
「――――――」
しかし結人はそれに答えない。
これは彼の意地。勝たなければならないという、たった一つだけの意思の下でやっている決死行。この程度の苦痛なら、異世界にいた頃に何度も味わってきた。
やるなら最後まで。後がないのはお互いさま。自分の事は後ででも考えられる。
破滅願望にすら近いそれを口内に満ちる血と共に呑み込み、その時まで、魔力を放ち続ける。
「アハハハハ!! これでおしまいよ!! さっさと燃え尽きろぉぉぉ!!」
背後の車輪の回転を早め、更に魔力放出を続ける灼華御前。
撃ち合っている「渦巻斬」を飲み込み、それが結人に向かって来る。
――――――それに対して、結人は小さな笑みを浮かべた。
「――――――『解』!!」
結人は「渦巻斬」の制御権を放棄し、
すると、まるでガラスが破壊されるような音と共に、結人の「界域」が解除され、元の江取工房本社ビル屋上の風景へと戻る。
「なっ――――――」
その行動に灼華御前は目を見開く。
今「界域」を解除するということは、彼女の炎を周囲に広げてしまうということ。そうなれば人的被害は避けられないことは相手もよく知っているはずと灼華御前はショックを受け、状況が把握できない。
そして、「界域」を解除した結人が魅笠と共にビルから転落していることにも気づかず……自身の眼前に大きな弓矢が向かってきていることにも、反応出来なかった。
「あっ――――――がぁ!?」
弓矢が灼華御前の胸元を貫く。放出していた魔力の炎がのけ反ったせいで空へと撃ちあがる。
「ナイスショットだ、弦木。――――――魅笠!」
「任せよ」
それを合図とするように結人は自身の下にいる魅笠に呼びかけ、空中に展開させた蜘蛛の巣をジャンプ台のようにして、バネの要領で再び屋上に上がる。
「あぁぁぁぁ……!! ふざ、けんなぁ……!!」
屋上に飛び上がり、眼前の灼華御前を捉える。
胸元に鉄でできた矢が深々と刺さり、口からも血を吐き、体から火を上げたままよろめいていた。
そんな彼女に結人は隠し持っていた短刀を握り、懐へと入り込む。
「往生、しろ!!」
水平に構え、結人は灼華御前の空いた腹へと至近距離で突き刺す。
「ああああああああ!!」
刺し貫かれた灼華御前は、絶叫と共に維持していた魔力が破裂するように放出し、地面に倒れた。
「ぐぉぉぉ!」
放出された魔力で結人は吹き飛ばされ、床を転がり、壁に激突する。
――――――勝負はついた。
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