第26話「燃え盛る4つの車輪」

 ――――――数時間前。特殊調査活動部・犬立区拠点にて。


「つまり……。江取工房のビルに連中が仕掛けた結界発生装置があるから、まずはそれをどうにかしないといけないということなのか?」

「そ。事前に探りを入れたりしてみたら、用心深いことに屋上に結界発生装置を設けていてね。あのビルの真下に霊脈があるから、物理的に接続して使うヤツだからシンプルかつ強力な結界を張ると思うかな」

「それと江取家本家の方には、龍脈の力を用いた強固な要塞型結界。それも呪術を用いた霊的な防御態勢を敷いているというわけか。確かに面倒なことこの上ない」


 夜上柚希が言った提案。


 それは「二手に分かれて、それぞれの方法で江取家を攻撃する」というものだった。


 理由は柚希が事前に江取家の情報を基に単独で偵察に向かい、そこで得た情報から正攻法で江取家を攻略するのは厳しいという意見が出たためだ。


 江取工房本社ビル屋上には、外敵を遮断する結界発生装置が設置されており、これを起動するだけで江取工房は要塞と化するほどの防御力を持つ。

 江取家本家屋敷のある犬立山は、そしてこれまで江取家が使ってきた呪術の犠牲になった動物霊たちと龍脈の力を借り受けることで成立する、呪詛が仕込まれた天然の結界で覆われている。


 そこに「灰色の黎明会」のメンバーによる細工が行われたりしていた場合、より凶悪なものになっている可能性がある。


 今回の作戦は草薙機関の協力があるとはいえ、規模が大きすぎる上にインフラにも影響が出かねないのだ。そのため、江取工房攻略をする際には慎重にやらなければならない。


「そこでアタシは考えました。これは葛城君と多々見君、2人を中心に動かなければならないってコトです。2人には、どっちを攻略した方がやりやすいのか、そしてアタシが持っている現時点での情報を基にどのような作戦で行くべきなのかを教えてほしいってワケ」

「……癪だが、俺も同じこと考えていた。確かにアンタのやり方の方が攻略はしやすいだろう」

「あら、以心伝心? そっかー、とうとう葛城君はアタシと心が繋がり始めたのかなー?」

「殺すぞ」

「はいはーい。話は戻すとして、どう?」


 結人の殺意をひらりとかわしながら、柚希は調子を崩さずに2人に聞く。


「オレは江取家本家の方を攻めよう。夜上さんの情報だと、あそこら辺は呪詛が蔓延していて厄介な結界になっていると聞いた。そういう話なら、オレが言った方が最適解かもしれない」


 頼孝が自信満々に言った。


「多々見君。なにか策があるのですか?」

「策というより、オレの異廻術イデアでな。オレは呪術を使うことは出来ないが、呪詛そのものを操ることが出来る。この前、アイツらが弦木の家を襲撃してきた時に見せたアレだ」

「なるほど……。ですが、アレにデメリットはないのですか?」


 弦木家本家襲撃事件の時に見せた、鬼武者の如き姿。確かに戦闘能力が格段に向上していたし、バーサーカーに肉薄していたようにも見えた。


 だが、環菜の観察眼はあの能力には代償があるという風に見ていた。急激な肉体の変化を実際に起こしている以上、そこに代償がないなんて都合の良いことがあるはずがないと考えていたからだ。


「ないわけではない。オレの異廻術イデア、『羅刹らせつ招来しょうらい妖切あやきり荒綱あらつなは、オレ自身が鬼そのものになるというものだし、魔性そのものになる。仮にバーサーカーが魔除けとかそういう類の魔術や能力を持っていたりしたら危険かもしれないが、以前打ち合った時、そんな感じはしなかった』

「つまり、相手が魔除けや浄化の類の魔術を使わなければ問題ないと」

「そういうコト。だから、江取家本家のある犬立山にはオレが行くぜ」


 頼孝はやる気十分と自信満々に言った。


「じゃあ、本社ビルの方には葛城君が行くということで大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。仮にあの女がいたとしても、俺はヤツに遅れを取るつもりはない」

「スカウトの能力は炎……。それも魂から焼くという、特殊な炎です。それを除いても炎を使う以上、葛城君の能力との相性は良くないのでは?」


 スカウトの能力は魂に干渉する冥界由来の炎。


 魂は器である肉体に依存する。その魂が焼かれてしまえば、肉体が焼ける前に死亡するという、極めて危険な性質の炎だ。魔力で意識的に魂を防御するという高等技術がなければ一瞬で焼かれてしまう、呪いの炎とも言える。


「だからこそだ。それに、仮に連中が結界発生装置を復旧させたとしても、俺にはそれを上回る秘策がある。だが、今ここでそれを開示することは出来ない」

「? それって、葛城君にとって不都合な感じ? お姉さんとしては出来れば情報共有をしたい所なんだけど」


 柚希が言った。


「ダメだ。正直、この力は草薙機関の連中にもなるべく見せたくない奥の手の一つだ。これを使うということは、俺の在り方、そして危険性を知らしめることに繋がる。今後、平穏に生きるためにいちいち機関の連中の厄介事になりたくないんだよ」

「……わかりました。これ以上は追及しません」


 結人の虚ろな目とその頑なな言葉に環菜はそれ以上聞けなかった。


「ま、とりあえず本社ビルは葛城君と環菜ちゃん。江取家本家の方は多々見君とアタシがやるってことでOKねー」

「あっさりすぎないか。もうちょっと作戦を煮詰めたりした方がいいんじゃない?」


 柚希の即決にあまり納得がいっていないのか、結人が言った。


「そうでもないわよ? 環菜ちゃんの実力をよくわかっているし、アタシより結構頭が切れるんだから。それに……、こういう頭を使ったいくさ、アタシより環菜ちゃんの方がよっぽど得意なのよ?」

「……」


 いつもの軽薄な雰囲気とは打って変わって、急に真剣な眼差しを向けながら言う彼女に結人はそれ以上聞き返せない。


「少し不安があるかもしれませんが、今こちらにある情報だけで作戦は組み立てられます。葛城君は本社ビルにいるであろう、『灰色の黎明会』のメンバーを倒すことに専念してくだされば問題ないです。多々見君も事前に渡した資料で夜上さんと対策を立ててください」

「応っ」


 環菜に言われ、頼孝は親指を立てながら言った。






 ◇◆◇






 そこからは環菜が遠距離からの遠隔干渉によって、結界発生装置の乗っ取りを成功させ、江取工房本社ビル周辺に大規模な結界を張ることに成功した。

 現在半径300m圏内は弦木環菜によって即席の戦場バトルフィールドと化したのである。


 そして結界発生装置を乗っ取った後、結人は一気に屋上まで上がってスカウトの始末にやってきたというわけである。


「よくも堂々とアタシの前に姿を見せたわね、イカれ蜘蛛男。しつこいヤツは嫌われるわよ」


 弦木家本家襲撃事件の際、滅多打ちにされた記憶から結人には悪印象しかない彼女は苛立ちを見せつつ言った。


「そりゃどうも。俺もお前らの事嫌いなんでね。こっちにお前の方がいるというのはほぼ想定内だが、従業員連中を抱き込むなんざ、無茶苦茶なことをしやがる」


 結人は手に持つ三節棍「奈苦阿ナクア」に付着した血を振り払って落としながら言った。


「ああ、あのクソうざい連中のこと? アタシたちの計画のために“協力”させてもらったのよ。“アドバイザー”……、もう言わなくてもわかっているだろうけど、ルーラーに取締役とか江取家傘下の魔術師どもの頭弄ってもらって、色々と動かせてもらったわけ。つーか、アンタたちがこうやってアタシを殺しに来たとは言ってももう遅いのよ」

「遅い?」

「そ。ここの霊脈の大本……、龍脈に手を入れさせてもらったってわけ。もう少しでこの龍脈を通して、そこらじゅうに怪異が大量発生させる。そうなったら、この世界に住まうクズどもを一掃することが出来る。今回の件をモデルに各地で同じことを広めてしまえば、この世界の浄化にも繋がるわ」

「マジで狂っているな。この国に戦争でも仕掛けるつもりなのか? その計画、どう聞いても無差別殺人なんだが」


 スカウトの語るそれはどれも狂気の沙汰というほかない内容だった。


 汚染された龍脈を通して、夜交市に汚染された魔素を運び、そこから怪異を大量に発生させ、それらを人々が住まう地域にばら撒くというもの。


 基本的に自然発生するものである怪異を意図的に発生を誘発させるという、生粋の魔術師が聞けばそれがおぞましい所業であろうそれは、どう聞いてもテロでしかない。


「はぁ? この期に及んで何言ってんの? 。アタシはアタシの目的を叶えるためにルーラーに協力しているだけ。別に国とか関係なしに、この世界の人間どもがいくら死のうがどうでもいいのよ。むしろ多すぎるぐらいに人間はいるし、ほんの10万だろうが100万死のうが大して変わらないでしょ。人間のしぶとさはゴキブリ並みにしぶといし、ほんのちょっと時間が経てばまたわらわらと湧いてくるんだから」


 彼女の口から出る言葉は人間に対する嘲り、侮蔑、悪意、憎悪に満ちたものだった。

 人間を虫のようにしか見ていない。それどころか人命について何も思っていな。


 ……だが、結人は彼女が厳密には“地球に住む人の生命”に対して微塵も興味を持っていないだけであることはわかっている。


 そして、それに似た感情について、心当たりがあることも。


「なるほど。よっぽどこの世界で恨みを募らせ、異世界で強い未練を残していると見る。そして動機も狂人の域にあるってわけか。それなら心置きなくお前を殺してやれるよ。余計な同情もいらないな」


 軽口のように言う結人だったが、その表情や目つきはこれっぽちも笑っていない。それどころか殺意を滲ませ、完全に敵意をスカウトに向けている。


「なに善人面してんのよ。アンタもアタシたちと変わらないでしょ。そもそもアンタがこの世界に与する理由が意味わからないんだけど。なんなの、それ? アンタにはメリットなんか何もないでしょ?」


 そうスカウトは結人に言葉を投げかける。それに結人は彼女に進める足を止める。


「はぁ……。なんか勘違いしているみたいだから言っておくけどよ。確かに俺は別にこの世界に何か特別な執着があるわけではないし、異世界にも何も未練なんかない。だから別にどっちに加担しようがどうでもいいんだよ」

「ますますわからないわね。余計にわけわからないんだけど。だから、なんで命を張るのかと聞いているのよ」

「……確かに、そう言われるとなぜとなるな。俺に何かメリットがあるとかそういうのがあるわけでもないし。だが……今ならわかる」


 結人はそう言うと、三節棍をスカウトに向ける。


「俺はお前らが気に食わない。お前らがどんな境遇だったとか、背景とかどうでもいいし興味ない。だから―――――――もっともらしい、理由や屁理屈をこねて他人を傷つけることしか考えていないことが気に食わない。俺がお前らの邪魔をするのはそれだけだ」


 単純明快とも言える返答。


 価値観が合わない。気に食わない。


 平穏な暮らしを手に入れようとする彼にとって、「灰色の黎明会」の存在は邪魔でしかないのだから。


「そう。気に食わないからアタシたちの邪魔をするってわけ。ああ、ホントにウザイ。マジキモイ」


 スカウトは顔に怒りと苛立ちを浮かべながら、体内の魔素を魔力に変換し、炎のように纏い始める。


「アタシは、アタシを愛してくれるあの世界に帰る。そのためなら何千何万何億の人間だろうと燃やしてやる。この世界にアタシの居場所は初めからない。だから痕跡も何かも燃やす」


 言葉と共に、魔力は炎となってスカウトの全身を燃やし始める。


 そして、炎の中から、その姿を顕現させる。


 全身を白い猫の体毛に覆われ頭部に猫のような獣耳に1本の角、腰からは2本の尻尾を生やし、身にまとうのは露出度の高い炎のような色合いをした着物。背後と横には弦木家本家で見せた燃え盛る車輪が2つずつ、計4つが浮かんでいる。


 体格も少女のものではなく、成熟した女性の姿になっており、人外の部分を除いて見れば美女ではあるものの、頭部の角や獣耳と尻尾、両手両足にある鋭い爪を生やし炎をまとった異形であることから、見る者におぞましさを感じさせる。


 そしてその顔と姿は、猫の獣人とも言うべきものであった。


「我が名は灼華しゃっか御前ごぜん! 我が願いのために、燃え尽きて死ね! 地球人ども!」


 その名乗りと共に、スカウト……灼華御前は目の前の獲物たる少年を睨みつけるのだった。

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