第7話「江取家について」
駐車場に車が止められ、宅内に招かれた結人たちは中で公則の妻、冴子のおもてなしを受けていた。
「はい、どうぞ。こちらは福岡県産の八女茶です」
夫に似て朗らかでどこにでもいそうな老婦人といった雰囲気で、冴子はお盆の上に綺麗な色合いをした緑茶の入った湯飲みを3人分持ってきた。それぞれ結人たちの前に置かれ、付け合わせに和菓子として栗饅頭も一緒に置かれた。
「ありがとうございます」
それぞれお礼をして、頼孝と環菜は緑茶を一つと飲む。結人はすぐに手を付けなかった。
「爽やかな味わいですね。この栗饅頭と八女茶の相性も非常によろしい……」
頼孝は年より臭い口調でまるで遠い所を見るようにお茶と和菓子を堪能していた。
「でしょう? 主人と福岡に旅行に行った時にすごく感動しちゃって、今となっては毎月お取り寄せをしているの。もしよかったら、一つずつ3人にあげちゃうわ」
「本当ですか? じゃあ、ありがたくいただきます!」
味に感動して頼孝は真っ先に八女茶のパックが入った袋をもらう。
環菜は静かにティータイムと言うように味わっており、時折栗饅頭を食らい、また飲むを繰り返す。
この場面だけを切り取って見れば穏やかな日常風景のように思えるし、終始和やかな雰囲気だと感じ取れるだろう。
「そろそろ話に入ってもよいですか? あまり時間がないでしょうから」
だが、そんな雰囲気を一変させるように結人が声をあげた。目の前の湯飲みや和菓子にはまだ口をつけていない。
「……そうだね。冴子、ちょっと頼めるかい?」
「はい。わかりました」
公則も再び表情が険しくなり、彼からなにか指示を聞いた冴子はリビングから出て行く。
すると、家の中の空気が違う意味で変わった。まるで家の中にもう一つの建物の中にいるかのような、独特な空気がする。
「家の周りに外因結界を張った。これで僕らの話が外に漏れることはないだろう」
「奥さんも魔術師か呪術師かなにかなんですか?」
頼孝が質問した。
「ああ、妻は魔術師でね。昔、仕事先で出会って僕の助手として働いてくれたんだ。それから色々あったけど、30歳になって結婚したかな」
思い出話をする公則の顔には緊張感はなく、思い出を振り返るように穏やかであった。左手の薬指には2人の結婚指輪が嵌められている。
「話が逸れたね。まず、現在の江取家の状況を話そう。ここから話が長くなるが、そこは勘弁してほしい。なにしろ僕らにとっても危険な状況だからね」
改めるように、彼は湯飲みに入った緑茶を飲み、静かにその口から現在の江取家についての状況の説明を始めるのだった。
◇◆◇
江取家。
その起源は遥か昔。犬立区に根付いた豪族を祖とする呪術師の家系である。元々は武家であったのだが、時代の変遷と共にその在り方は変わっていき、江戸時代末期の幕末の頃になると「武士の時代の終わり」を感じ取り、家業の一つとしていた呪術師としての立場を確立することにした。
表向きには一帯を取り仕切る中小企業を母体としているが、実際には裏で草薙機関に属して環菜の実家の弦木家と同様に国内で不正行為、犯罪行為を行う魔術師たちを取り締まる「防人」としての役目を与えられた。
犬立区の再開発計画をきっかけに表向きの権力と財産を手に入れた江取家は霊地でもある犬立区の整備・管理については草薙機関が特に文句をつけるようなことはないし、呪術師としての性質上、管理を怠った場合が恐ろしいことになる。
「……そして江取家の呪術は犬神だ。江取家の祖はこれを戦国時代に修め、この呪術を用いてこの犬立区を平定したと言われている」
「犬神……。それは、動物霊を扱う呪術のことだよな。アレ、色々と種類があるって聞いたことがあるけど、どういうものがあるんだ?」
そのように質問をしたのは頼孝だった。
「江取家の犬神は、西洋魔術の理論で言うと降霊術に近い。縁の深い動物霊を自身に憑依させることで獣の性質を得て身体能力を向上させたり、動物霊を操ることで相手を呪殺したりするというものだ。僕が言うのもなんだが、これは厄介な呪術だよ」
「なるほど。それならオレとは相性は良いな。そういった類の相手は、個人的には色々と縁があった」
「? 縁があったって、江取家の人々と?」
「気にしないで、公則さん。こっちはこっちで秘密にしていることがあるのです。今は草薙機関の中でもそれなりに高い案件だから、なるべく触れないことをオススメします」
「あ、ああ。環菜ちゃんが言うのなら、そうなのだろうね。うん」
頼孝の言葉に疑問を抱いた公則だったが、そこに環菜によるフォローが入る。
“俺たちが異世界からの帰還者であると黙っているのか? さては、俺たちは草薙機関に所属する魔術師であると言っているわけなのか”
可能性とはいえ、秘密が多い草薙機関の事だから「帰還者」のことについて隠したりすることは別に珍しい話ではないだろうと結人は推測する。
「犬立区は江取家が代々管理している霊地であることは既に確認しています。この霊地の霊脈に乱れが観測され、夜交市の各地で怪異が発生しているというお話もお聞きになっていると思いますが、これについて心当たり……もといその江取家で何が起きているのか、お話をしてくれませんか?」
肝心要の江取家で何が起きたのか、なぜ霊地の霊脈が乱れているのかを結人は公則に質問する。
「1週間前の話だ。現在の江取家の当主による親族会議が行われることになって、僕はその会議に参加した。その時、議長を務めた江取家の当主……江取実光、僕の父の様子がおかしかった」
「様子がおかしかった?」
その言葉に環菜が反応する。
「父は基本的に厳しく甘えがない。自他に厳しく、飴と鞭はあるけど鞭が多くて結果を残さない相手は切り捨てるような人だ。今の江取家の当主としても呪術師として、外部から他者を身内に入れるような真似はしない」
どうやら現在の江取家の当主である
しかしそこで引っかかる部分がある。
「その言葉を聞く限り、様子がおかしいとハッキリわかる出来事がその会議で既にわかったということですね」
環菜がそれを指摘した。
外部から他者を身内に入れるような真似はしない。そして様子がおかしいと断言した以上、目に見えるような異変があったと見て然るべきだろうと。
「ああ。父は、外部からのアドバイザーとして知らない人間を我々に紹介した。江取家が運営する企業の江取工房の即戦力のアドバイザーとして起用すると。あれほどよそ者……もとい部外者を嫌悪する家族経営一本筋の父が江取家と何も繋がりがない、しかも正規の手続きを経て入社して関係を持ったわけでもなく、取引とかそういった交渉をした経緯もない人間を迎えるなんて、ハッキリ言ってありえないことだ。どういうことなのかを父に聞いたが、何も話してくれなかった」
「――――――――」
どうやら事態は最初から危険な状態にあったことに気づき、環菜は目を見開く。
江取実光は、その親族会議の時点でその“アドバイザー”と呼ばれる人物を身内に引き入れた時点で、何かしらの干渉を受けたと考えるべきなのだろう。
「……続けてください。その後、どうなったのです? 他の江取家の人たちは?」
「ええ。その後、父の様子が明らかにおかしすぎると思った私はすぐに会社を後にしました。寒気がしたと言いますか。後日、日を改めて問い詰めるつもりでした。明らかに様子がおかしかったですので。ですが、その後に僕が担当する霊脈の様子が変わりました」
「担当……。江取家の呪術師はそれぞれ、霊地管理の資格を所得すると家が保有する霊地の一角を任されるって話だったな」
公則の言葉に結人が事前に教えられた知識で言った。
「それから周辺はおかしくなった。怪異の発生頻度が増えたばかりか、自警団を自称するグループが夜の街を跋扈し始めたんだ。ニュースになっていないだけでこの犬立区は非常に物騒になった。僕以外の江取家のほとんどが怪異討伐に顔を出さなくなり、それなりに腕のある僕たちですら、霊脈の調整以外に手が回せなくなってどうしようもなくなった」
「十中八九、江取家で何かが起きたというのが明白だな。それは、どう聞いても普通のことじゃないだろう」
話を聞いた結人は眉をひそめて言った。
明らかに状況がおかしすぎる。
発生した怪異を討伐する立場にある者たちがいきなりほとんど対応しなくなっただけではなく、部外の「自警団」たちが街に現れ始めているとか、到底普通の状況ではない。あまりのおかしさに結人ですら異常だと感じるほどだ。
「……確信はないけど、明らかにこの犬立区は外部の魔術師か何かの影響を受けていますね。そしてここまで来るとかなり深刻です。早急に調査と解明を行わなければなりません。葛城君、多々見君。よろしいですね?」
公則の話を聞いた環菜は2人に向いて言った。
「ああ。怪異の発生どころじゃ済まなくなる可能性がある。江取家の当主が、なにかの拍子で霊脈を急激に弄るようなことが起きたら、それこそどうなるかわかったものじゃない」
「同感。むしろ、早く解決しないとヤバイやつだぜ」
結人と頼孝はそれぞれ同意する。
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