第6話「曇天にて不穏誘う」
6話
2025年 4月5日
輪祢町の東北部に位置する区域で夜交市の山間部に位置している。時代の変遷によって山間部にある町村の若者たちは都会へと下りていき、その人口は数を減らした。
このままでは区が消滅してしまうと本腰を入れて対策を始めたのが、代々この犬立区に根差した豪族の末裔にして魔術師の家系である「江取家」であった。
当代の当主である
やがて最大の
未だ古くより残る山々に囲まれた地方都市にして、パワースポットのある小さな観光地として
「犬立区はそういう歴史があるのか。江取家はこの一帯を治めていた豪族の末裔だったというのも、妙に納得がいくな」
JR犬立駅のバス停に到着した結人は、環菜、頼孝と供に手に持った観光客向けのパンフレットを見て言った。
「この犬立区自体、その歴史は基本的に江取家と一緒にあるのですよ。その江取家も明治時代、そして戦後の影響を大なり小なり受けながらもしぶとく現在に至るまで存続してきた家系なのです。細かくは知らないけど、ようは呪術師の家系ですね」
「やっぱり、弦木の家とかと全然違うのか?」
「もちろん
彼女の言葉にどうやら弦木家と江取家はそれなりに確執があるらしい。それでもアポが取れただけでもきっと奇跡的だったのかもしれないと結人は考えた。
「……ちょっと待て。弦木、確か江取家は草薙機関の方でも音信不通状態になっている状態って夜上さんが言っていたよな。それなのになんでアポは取れたんだ?」
頼孝が環菜に言った。
昨日の作戦会議ではどういうわけか江取家ともう一つの滝浪家とは連絡が取れない状況になっていると言っていた。
それがなぜアポイントが取れるのか。結人自身も言われて気が付き、環菜の方に改めて向き直る。
「2人の疑問はごもっともです。ですが、これは草薙機関の方との繋がりが深い柚希さんの前では言えなかったのであえて言いませんでした。それはお詫びします。連絡がつかないというのは公的回線……江取家の連絡網そのものと繋がらなかったのであって、もう一つの個人回線……私個人と直接繋がりがある人物と連絡を取ることが出来たという意味です」
「つまり、その個人回線とやらで連絡が取れた相手とアポを取ることが出来たというのか? えっと、それって大丈夫なのか? 罠とかじゃないよな?」
どう聞いてもワケあり状態な状況に流石に不安を覚える頼孝だった。
「そこは安心してください。今回アポを取ったのは私と個人的に交流がある人で信頼できる方です。もうすぐで来る頃合いなのですが……」
「……」
環菜の言葉に疑問の目線を向ける結人。
彼女自身「信頼できる」と言っているが、「信用できる」とは言っていないことに疑念があって、深くは信じ切れていない。
“初対面の相手は信用・信頼をしない。結果のみこそ信用・信頼に値する”
「やぁ、環菜ちゃん。お久しぶり」
「あ、
考え事にふけっていると知らない男性の声が聞こえ、それに環菜が手を振って応じた。
「……アンタは?」
「おや、彼らが環菜ちゃんの同級生、もとい協力者かい? 僕は
結人の質問に対して自己紹介した男性、江取公則は朗らかな笑顔でそう挨拶した。
若干猫背気味な瘦せぎすの細い体つきをしていて、やや不健康そうに見える老け顔をしている。しかし不思議な包容力を感じさせ、警戒心が全くないようにすら思える佇まい。
着ている服も質素なシャツとジーパンで一見すれば一般人と何も変わらない。
「ここで話すのもなんだ。ほら、僕の車に乗って。まずは僕の家に案内しよう」
「すいません。よろしくお願いします」
公則に言われ、結人たちは彼の運転してきた4人乗りの乗用車に乗る。助手席には環菜が座り、その後ろに結人と頼孝が座った。
ドアを閉めると公則はエンジンをかけ、すぐに出発した。コインパーキングに停めてあったので料金を支払い、駅前から離れていく。
「環菜ちゃん大きくなったね。中学2年生の頃以来だったかな? 弦木家の依頼で個人的なお仕事の時ぐらいだったかな」
「はい、ちょうどその時です。それと、すいません。色々お忙しい時にお時間を取らせてしまって」
「大丈夫だよ。むしろ、僕としては個人的に助かったと思っている。色々と手に負えなくなり始めていて困っていたんだ」
そういう公則の表情は険しく緊張感に満ちている。
「……草薙機関の方から江取家と連絡が取れなくなった事に心当たりがあるのですね?」
「むしろ心当たりしかないというか、なんというか。説明がしづらい所だ。正直結界のない所でこういう話をするのはたばかられるぐらい。今この車の中で言えることがあるとしたら、このままではこの街が危ういということかな」
「! そこまで……」
公則の言葉に環菜は驚きの声を漏らす。
説明がしづらいと言っているが、それは実質「今ここで言うとどこで聞かれているのかわからない」と言っているに等しい。移動中の車の中ですら、そういうのだからそうなのだろう。
そして「この街が危うい」という言葉。
作戦会議の段階では霊脈の乱れによって怪異の発生件数が増えているということぐらいしか今のところわかっていない。街を守る魔術師の立場で考えると怪異が発生したらすぐに潰すということは当たり前のことだし、よっぽどのことがなければわざわざ言うことはない。
街が危ういという、非常事態に怪異が絡んでいないというのなら、別の要因……。結人たちからすれば「灰色の黎明会」が関与しているという可能性も否定できないのである。
「待ち合わせで目立つ場所を選んだのは、江取家の連中に悟られても直接手出しをされることを防ぐためだ。人通りが多い場所で呪術を使うわけにもいかないからね。あそこを待ち合わせ場所に選んで正解だったと思うよ」
「ということは、今回の事件は……」
「そうだね。僕個人としても、あまり言いたくはないことだけど……」
空気が変わる。
公則は重苦しく、ハンドルを握る両手に汗を滲ませながら口を開く。
「今回の事件……。下手をすると、江取家と戦争になる危険があるよ」
「……」
そんな、「防人」である環菜にとって避けねばならないであろう事態を公則は口にするのだった。
曇天の曇り空はこれから起こる事件の予感を告げるように、静かに青空を隠しきる。
車は駅前の街から離れた、畑の広がる農耕地帯へとタイヤを進めるのだった。
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