輪る少年

今村広樹

本編

 少年には三分以内にやらなければいけないことがあった。

「ああ、もう、ちくしょう」

 少年は呻く。

 目の前のキッチンには、冷えた麻婆豆腐。

 これから外出するのに、急いで食べるものでは間違いなくない。

 だが、少年には時間がない。

 麻婆豆腐は好物だったが、今はそれは二の次だ。

「ああ、もう……っ!!」

 少年は毒づきながら電子レンジに皿をつっこみ、スイッチを押す。

 三分という時間がこれほど長く感じられたことはかつてなかった。

「ああ、ちくしょう。こんなことしてる場合じゃないのに……」

 少年は毒づきながら、温まった麻婆豆腐をかっ込みはじめた。

 スプーンで皿から直接すくいとり、口の中にかきこむように入れる。

 行儀も作法もあったものではないが、とにかく時間がないのだ。

「ああ、くそっ。もうちょっとゆっくり食べたかったのに」

 一分で皿をカラにした少年は、スプーンを投げ捨てると上着をとって玄関へ駆けだした。

「ああ、もう……っ! なんだってこんなことに……っっ!!」

 少年は毒づきながら、玄関を飛び出した。

 あと一分で家を出ないと、遅刻してしまう。

「ああ、もう! なんだってこんなことに……っっ!!」

 毒づきながら、少年は玄関を飛び出した。

 あと三十秒でバスが来る。

 バス停まで全力で走っても間に合わないが、それでも行かないわけにはいかなかった。

「ああああっ!」

 少年はバス停に向かって駆けだした。

 あと二十秒でバスが到着する。

「ああ、ちくしょう! なんでこんなことになってんだ!?」

 少年は毒づきながら、バスが来る方向に向かって全力で走った。

 あと十秒でバスが到着する。

「ああっ!」

 少年はバス停に向かって駆けだした。

 あと五秒でバスが到着する。

「ああっ!」

 少年はバス停に向かって全力で走った。

 あと四秒でバスが到着する。

「ああ、ちくしょう! なんでこんなことになってんだ!?」

 少年は毒づきながら、バスが来る方向に向かって全速力で走った。

 少年はトラックが死角から迫っているのに気づかない。

 ドン!


 ジリリリ!

 少年は、目覚ましのベルで目覚めた。

「イヤな夢見た…」

 時計を見ると、あと十分で出なきゃいけない。

「やべ!」

 すばやく着替える。

 あと三分。

 少年には三分以内にやらなければいけないことがあった。

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輪る少年 今村広樹 @yono

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