第31話「お姫様はかわいがってほしい」

 歯磨きをしていると、ガチャッと鍵が開くような音がした。

 ルナとアイラちゃんのどちらかが出て行ったのかもしれない。

 何か忘れものでもしたのだろうか?


 そんな呑気なことを考えながら歯磨きをしていると、すぐにまたガチャッと音が聞こえてきた。

 今度は多分、鍵をかけたんだろう。

 俺も歯磨きが終わったし、寝室へと向かおう。


「――入ってもいいかな?」


 ドアを三回ノックすると、俺は部屋の中に声をかける。

 自分の部屋ではあるけど、一応入る前の確認は必要だろう。


 ラブコメだとこういう時、まさか着替えているだなんて思わないような展開で、ヒロインが着替えているところに出くわしてしまうのが、鉄板なのだから。

 ルナなら照れながらも許してくれそうだけど、傍にはアイラちゃんがいるので気を付けるに越したことはない。


「は、はい、どうぞ……!」


 中からは、何やらルナのうわずった声が聞こえてきた。


 あれ、緊張しているのかな……?

 今まで普通に一緒に寝ていたのに?


 そんな疑問を抱きながら、ドアを開けると――

「お、お待ちしておりました……にゃぁ?」

 ――部屋の電気を消して、窓から差し込む月明かりに照らされているルナが、ベッドの上で女の子座りをしていた。


 手は猫のように丸くしており、かわいらしく小首を傾げている。

 その頭には――なぜか、猫耳がえていた。


 うん、なんで……?


「ル、ルナ……?」


 予想外すぎる光景に、俺は戸惑いを隠せずルナを見つめてしまう。

 すると、ルナは顔を真っ赤にしたまま、ベッドの端に立っていたアイラちゃんに視線を向けた。


『ほ、ほら、やっぱり戸惑っていらっしゃるではありませんか……! 絶対おかしいと思ったのです……!』


 そして、何やら英語をまくし立て始める。

 何を言っているのか、全然聞き取れない。


『おかしいですね? 私のリサーチでは、日本の男性は九割以上が猫耳大好きで、女性に猫の物真似をして頂きたいとお考えになっておられるはずですが』


 それに対し、アイラちゃんは冷静な様子で首を傾げる。

 うん、何を言っているのかはわからないけど、雰囲気から元凶がこの子だってことはわかった。


『いったいどこから仕入れた情報なのですか……!?』


『ルナ様が大好きな漫画やアニメでも、時々ある展開ではございませんか。ヒロインが猫のコスプレをしていますと、主人公は内心興奮していらっしゃったでしょう? 聖斗様もきっと、お顔に出さないようにしておられるだけで、内心では歓喜しておられるはずです』


『歓喜している御方は、戸惑ったりなど致しません……!』


 アイラちゃんはルナをあおっているのか、ルナが段々とヒートアップしている。

 まぁガチギレという感じではなく、恥ずかしくて怒っているという感じなので、心配はいらないだろう。


 あまりにも予想外過ぎたから戸惑ってしまったけど、アイラちゃんのおかげでいいものが見れてしまった。

 可哀想だし、助け船を出してあげたほうがいいかな。


「ルナ、猫が好きなの?」


 俺はベッドに座ったままのルナに近付くと、笑顔で尋ねてみた。


「えっ……は、はい、そうですが……」

「そうなんだね、とても似合っててかわいいよ」


 ルナは絶世の美女なので、どんな格好でも似合うだろう。

 猫耳に彼シャツというのは、ちょっとマニアックでエッ――煽情せんじょう的だけど、かわいらしさが突き抜けている。


 思わず頭を撫でたくなるほどだけど――さすがに、求められていないのに自分からする度胸はなかった。


『――っ!? か、かわいいだなんて、そんな……!』


 褒めたことで、ルナは両手を頬に添えながら悶えてしまう。

 英語で何か言ってきたのは、動揺しているからだろう。


 こんなこと言われ慣れているだろうに、本当にかわいくて仕方がない子だ。


 俺も、婚約者という立場があるから、恐れずに思ったことを伝えられるのだけど――嬉しそうにしながらも恥ずかしそうに悶えるルナが見られるのなら、頑張ってこれからも伝えていきたい。


『ふむ……ただの草食系というわけでもないようですね。これは加点です』


 何やら俺を見つめていたアイラちゃんが、満足そうにウンウンと頷いている。


 あの子、思ったよりも感情が顔に出るな?

 普段は意識して、感情を見せないようにしているのだろうか?


『むぅ……また、アイラを見ています……!』


 アイラちゃんに気を取られていると、落ち着いたらしきルナが今度は頬を膨らませて何かを言ってきた。

 彼女はベッドから降りて、俺の腕に抱き着いてくる。


「ルナ……?」


 ルナの意図がわからず、俺は彼女の顔を見つめてしまう。

 すると――。


「ご、ご主人様、ルナをかわいがってください……にゃぁ……?」

「――っ!?」


 今度は俺が不意を突かれ、顔が一瞬にして熱くなった。 


 これも、アイラちゃんの入れ知恵か……。


「さすがにご主人様は恥ずかしいよ……」


 猫語は、かわいいのでちょっとこのままにしておきたい。


「お気に召しませんか……?」


 俺が嫌がったと思ったんだろう。

 ルナは不安そうに上目遣いで、俺の顔色を窺ってきた。


「ほら、俺はルナのご主人様じゃないから……」


 猫の物真似をするルナはとてもかわいらしいのだけど、そのプレイに巻き込まれると途端に恥ずかしくなってしまう。

 できれば、眺めているだけで許してほしかった。


「ですが、今の私は猫ちゃんなので……。にゃぁ……」


 しかし、ルナは譲ってくれないらしい。

 俺が入った時はあんなにも恥ずかしそうにしていたのに、今はノリノリじゃないか……。


「ご、ご主人様って呼ばなくても、ちゃんとかわいがるから……」


 どうにかしてご主人様呼びから逃れたかった俺は、ルナが何を求めているのかを考えて、妥協案を提案してみた。

 それにより、ルナは嬉しそうに俺の腕に頬を擦りつけてくる。


「かわいがっていただけるのであれば、私はなんでもかまいません……」


 やはり、俺にかわいがってもらいたくて、ご主人様呼びをしていたようだ。


 いや、うん……凄くかわいいのだけど、なんでだろう?

 やっぱり、恥ずかしいんだけど……。


 俺は甘えてくるルナに翻弄ほんろうされながら、彼女を連れてベッドの中に入るのだった。


 ――なお、アイラちゃんはいつの間にか布団を持ち込んでおり、それを床に敷いていた。

 彼女もこの部屋で寝るらしい。

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