第18話 確信
薄らと自然にカロムの瞼は、開いていった。
何日も寝ていたかと思う程に深い眠りについていた気がする、そう思いながらカロムは自室のベッドの上で目を覚ました。
「あぁ、起きましたか。出血量は多かったですが、大事に至る程じゃありません。傷跡は残るかもしれませんが、数日で塞がりはするでしょう」
カロムはゆっくりと冷淡な声のする方へと瞳だけ動かす。
そこには椅子に座っているメイド服のシャロンがいた。
「あぁ……、俺は」
「無理をしたものですね。ジェラルトに太刀打ち出来なかった……訳ではなく、わざと刃を向けなかった、傷付けようなどとはしなかったのでしょう?」
シャロンはカロムが起きたことを合図に、彼の腹辺りに巻かれた包帯を緩めて取り払う。血は流れたものの、皮膚が薄く破れたようになっていただけで、肉に食い込むことはなかった。
その傷跡を見てから、シャロンがそう言うので、カロムは数秒、彼女の目を見てから、視線を自分の下腹部へと移し、薄く唇を開いた。
「太刀打ちなんて、出来る訳ない、刃を向けたとしても意味が無いと思ったから向けなかった……、そうは思わないんですね」
ジェラルトがヘリヴラムの血を持ち、剣術も確かな心得がある。カロムもヘリヴラムの血は持っていても、剣術経験がない。それを比べれば、自分が剣を向けても相手を挑発する材料にしかならない。
そのおかげで、こんな傷程度で済んだ。刃を向けなかったから、殺されるほどの仕打ちは受けなかった。
現場を見ていなかった者はそう思うのが普通ではないだろうか、と尋ねることをせずに、カロムは意味を含んだ言い方でシャロンに問う。
シャロンは瞼を閉じ、カロムの傷に新しい綿をあてる。そして、その上から替えの包帯を巻き付けていく。
「分かっていた……、いや可能性を持っていたのでしょう? 剣術経験なんてものよりも、血の由縁の方が力を持っている、と」
「由縁、ですか」
シャロンは丁寧にゆっくりと、包帯をカロムの腹囲を囲うようにして巻いていく。
「……カロム=ヴィンセント。貴方は何処まで気付いているのですか。国が、国王が隠したがっていることについて」
「気付く、というよりも全ては私の想像に過ぎません。……だから、それを確かめたかった。それだけのことです」
「そんなことをするような子だとは思っておりませんでした。……剣術の才能がない、ガーネット家の娘の下働きと聞いていたので。血を持ちながら才能がない、なんてされるのなら、本人のやる気がないとしか考えられない。……冷めきった面倒臭がりだと思っていたのに」
カロムは「ははっ」と気付けばそんな笑いが漏れ出ていた。少しだけ腹部に痛みが走り、眉頭をへこませながら、「いてて」と渋い声で言う。
「ええ、それは間違いありませんね」
「命なんて懸ける子には思えませんでしたよ。あの場にいた二人を助けるためでしょうか」
「それでしたら、私はジェラルトに刃を向けていますよ」
「……では、何故?」
ゆっくりと上体を起こし、腹のヒリつきを感じながらも、ベッド上に座ったカロムは、包帯の上から傷を撫でる。
「一種の、同情と言ったところでしょうか。腹違いの兄弟に対する」
「ジェラルトに対する、同情?」
カロムはシャロンを見上げ、少し微笑んだ。それにシャロンは目を見開いて驚く。
「何もしていないのに、殺されるのはあんまりでしょう?」
哀愁を漂わせながら微笑む唇を動かしたカロムは、一言、シャロンに訴えるように告げた。
シャロンは言い返す言葉を探し出すことは出来なかった。表情を固め、ジッとカロムを見つめてから小さく息を吐く。
そして彼女もまた、微かに口角を上げた。
静まるのはたったの一瞬だった。
二人のいる部屋の扉をノックする音が聞こえ、シャロンが普段通りの冷徹な抑揚の無い声で「どうぞ」と、返事をする。
「! カロム、目が覚めたのか!」
カロムがシャロン越しに扉の奥に見たのは、目と口を大きく開いたデリー。そして、一度眉毛を上に動かしてから居心地悪そうに視線を横にずらしたルチアーノであった。
「傷は? シャロンさんは致死量は出てないって言ってたけど……」
「あぁ。死ぬほどじゃなかったみたいだな。恐らく貧血に近いもので意識を失っていたんだと思う」
「意識を失う、というよりも寝ていただけのようなものですよ。丸一日しか眠っていませんでしたし。傷口は浅い。腹に力を込めていなければ貧血にもなりませんでしたよ」
そう説明したシャロン。三人の頭の中には、傷を負いながらもデリーの名を叫んでいたカロムの姿が呼び起された。
「かなり長い間眠っていた気がしたのですが」
「それこそ意識を失った状態に近かったので、深い眠り状態だったのでしょう。そのせいかと」
「なるほど」
(一日、か。じゃあまだ、国王交代の日は過ぎていない)
デリーと無言のルチアーノが入室すると、シャロンは汚れた包帯を持ち、扉の方へと足を進めた。
「では、お二人も来ましたので私はこれで」
一礼すると、扉を静かに閉めて廊下をコツコツと歩き、離れて行く音が響いていた。
「もう、何ともないのかい?」
「少し痛みは走るが、身体は起こしていられる」
デリーの問いかけにそう答えると、デリーはホッとした顔をしてから、カロムの座るベッドな伏せた。
「良かったよ、本当に」
「お前のおかげだ、デリー」
デリーが意を決してあの場でジェラルトの首を剣の鞘で殴らなければ、自分は本当に死んでいたかもしれない。そう思うと、彼をカロムは、命の恩人だと言わざるを得ない。
「あ、あぁ……、そのことなんだけど……、どうやら不味いことになってしまって……」
友人の生を喜びたかったデリーだったが、彼には今、大きな問題があった。
「ジェラルト王子を気絶させたこと、痣程度だが傷を負わせたことで、どうやら僕は処分対象になったらしい」
デリーはなよなよと震えながら、そう語る。そしてルチアーノの方に目線をやる。彼女がそれについて詳しく話せるのだろうと、カロムは彼女を見る。
「ジェラルト王子はあの後、使用人たちによって運ばれたわ。その中の使用人がヘリヴラム王に状況を説明したらしいのよ。さすがに王子を傷物にしたとなれば、それ相応の処分を下さなければならない、なんて使用人は思ったのでしょう」
「それで?」
「傷を負わせた者、デリー君は明後日、処分を受ける、という話になっているわ」
その話にデリーはビクリと肩を上げてから、眉を垂れ下げ今にも泣きそうな顔であった。
「処分って……打首、斬首……、処刑台に上がったりするのかなぁ」
一番最悪の事態を想定しているようであった。
「しかし今回のは、会長様の下っ端として守った、防衛にしか過ぎないだろ? 何でそれなのに処分が下る?」
「貴方なら分かっていたでしょ? ……お父様がヘリヴラム王に貴方たちの話をしていないことくらい」
カロムは「やっぱりな」と心の内で思った。
「そうなれば、貴方たちはただただ、下級身分の分際で、国の王子様を痛ぶった悪者。今更ヘリヴラム王に詳しい話なんてしないだろうから、きっとこのまま処分は免れないわ」
「娘が娘なら、親も親だな」
「どういう意味かしら」
カロムは笑って嫌味を放つ。ルチアーノは片眉をピクリと上げてから、不機嫌そうに返した。
「二人とも、よくそんな小競り合いを出来るね。他人事だからかい?」
デリーはもう死ぬ寸前かというくらいに面持ちが暗い。話を聞けば、王子に傷を追わせた者が処分対象。つまり、デリーのみがその対象に当てはまっていることになる。
「まぁ、何となくこうなることは分かっていた」
「それなのに僕に殴れと言ったんだね。まぁ、あそこで君を見殺しにするよりはマシだったのかもしれないけど」
「貴方も貴方で、人のこと言えないじゃない。自分の命を助けてくれた友人を見捨てる気?」
今のままでは、デリーを見捨てる、そうなるだろう。
しかし、カロムは微塵もそんな気はなかった。
「言ったでしょう、分かっていた、と。だからこの後どうするかも決めてますよ」
「処分から逃れることは出来ないのよ?」
自信ありげなカロムにルチアーノは冷静に現実の情報を与えた。
「下すのは王です。つまり、直接王と対面することになる」
「あぁ……、王を間近で初めて見るのが、処分を与えられる時なんて……、僕は罪人なのか」
未来を予測し、ドンドンと顔を暗くしていくデリーは、ブツブツと情けない声で弱気な発言をしていた。
「ヘリヴラム王のもとで告げられ、その後罰せられる。……それで? 貴方は何を考えていたというの? 助かる方法なんてあると思う?」
そう聞かれたカロムは悪い笑みを浮かべた。
「なぁ、二人に頼みがある」
「頼み?」
カロムの言葉に、ルチアーノが小首を傾げ、デリーはベッドに伏せていた顔を上げた。二人は悪餓鬼のような表情を見せるカロムの話を聞くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます