第13話 シャロン=ヴィンセント

 シャロンは二人を自室に招いた。彼らも頷いた。

 王宮の廊下で堂々と話せる内容でないことは、この場にいる全員が分かり切っていた。

 カロムとデリーの部屋から離れ、他の使用人たちの部屋の一番奥に彼女の部屋は置かれていた。

見た目からして、四十半ばあたりのシャロンは、この王宮の中では古株なのか? と、カロムは少し不思議に思った。

 入室を許可されたシャロンの部屋は、カロムたちの部屋よりも少々広いくらいであった。特に目につく家具やインテリアもなく、本当にただ寝泊まりをしているだけの部屋らしかった。


「おかけ下さい」

「失礼します」

 数少ない家具の一つにあった二人掛けのソファーに、二人に座るように勧めれば、カロムとルチアーノは、そこに腰を下ろした。


「では、何から話しましょうか」

 シャロンは冷静な声で二人に問う。一度、カロムとルチアーノは、横目で見合うと、先に口を開いたのはルチアーノであった。


「まず、彼、カロムの実の両親は」

 率直に躊躇いなく、ルチアーノはシャロンに聞くと、シャロンは一度瞼を伏せ、長い睫毛を見せつけてから、ゆっくりと茶色の瞳を二人に晒す。

「その子、カロム=ヴィンセント……いや、カロム=ヘリヴラムの生みの親は間違いなく、ヴァルゼル=ヘリヴラムとシャロン=ヴィンセントの二人です」

「では、正真正銘、彼はヘリヴラム王の隠し子ということですね」

 ルチアーノは直接的な言葉を避けた。すると、それに気付いたように、シャロンは小さく笑った。


「別に、不倫故に生まれた、と言って頂いて構わないんですよ」

 シャロンは二人から視線を逸らし、斜め下に向けた。

 表情が「それは本当のことなのだから」と語っていた。その顔に、カロムとルチアーノは思わず息を飲んでしまう。王に対して、事実はどうであれ、《不倫》などという言葉を使うべきではないだろう。

「ヘリヴラム家にとって都合の悪い子供を貴女は、ヴィンセント夫妻に預けた」

「そうです。あの人も、あの人に通ずる人も、都合の悪いものは消していく。それが彼らのやり方です。……他人の命など惜しくない人たちですから」

 その言葉にカロムは同意見、と思いながらも、それは自分が彼らに殺されるかもしれなかった、という意味も持った言葉であった。首を大きく縦にも振れなかった。

「さすがに子供の死に顔を見るのは辛い。それに罪悪感に駆られる。……だから、子、貴方を彼らのもとに預けた。決して、王家の目に止まらないように、と伝えて」

「だから、あの二人は彼を剣術を使う施設に預けることはなかった。才能が周囲から、王家まで伝わることを恐れて」

「受け渡した後の彼らの行動までは把握していませんが、そうしていたのなら、そういうことなのでしょう」

 次は虚空を見つめ、口を開いていくシャロン。

二人に話しているというよりも、独り言を言っているようで、相手など見ていなかった。

「次に。貴女はジェラルト様の出生の際は、どちらに? エリザベス様のお近くにいらっしゃったのですか」

「付き人、となれば子を孕ませた時から常に付きっ切りでした」


「ジェラルト様を取り上げた助産師や、医師は知っていますか」

 ルチアーノの問いに、彼女は片眉を一度ピクリと上げた。二人はその僅かな動きを見逃さなかった。

「知っている……、と言えば知っています。しかし、今は何処で何をしているかは分かりません」

「名前を伺っても?」

「名までは覚えていません。しかし、老い耄れた助産師と医師だった気がします」


「ジェラルト様の出生についての記載がされている資料があまりにも少な過ぎます。何か、知っていることはありますか」

「私は資料管理まで請け負っていません。そもそも、この王宮において、資料管理などする者もいないでしょうけれど。だから、書庫があんな惨状になっているのです」

 目を閉じ、冷静に自身の記憶と、正論を述べるシャロンをカロムは静かに見つめた。その眼差しを感じ取ったように、シャロンは生気の感じられない瞳をカロムに向けた。それは他人を見るようであった。


「……貴方は、何か知りたいことはないのですか。貴方には知る権利があるのですよ」


 ルチアーノからの質問を止め、カロムに何か聞くことはないかとシャロンは尋ねた。

 視線を送られたカロムは重たそうに唇を開いていった。


「ヘリヴラムの血縁、血について何か知っていることはありますか?」


 ルチアーノとは全く違った方向性の質問をするカロムに、シャロンは目を見開き、驚いたような顔を示した。

それはルチアーノも同じであり、彼がそんなことを口に出すとは思っていなかったのだ。

「……奇妙なことを聞くんですね」

「カロム君、貴方、また何か……」

 ルチアーノは「考えているの?」と聞こうとしたが、カロムとシャロンの質疑応答の間に口を挟んではいけない、と彼女の本能が、口を止めた。


「ヘリヴラムの血、聞いたことはあるでしょう? 剣術や知性に長けた子が生まれる。そんな恵まれた血であり、他人からすれば不平等な血です。それは貴方にも流れているはずですよ」

 シャロンは世間にも流れているような誰でも知り得る話を披露した。しかし、カロムはその話を聞いて満足する訳がない。


「言い方を変えます。ヘリヴラムの血、遺伝子を持つ子供全員に平等なくらいに力をもたらすのでしょうか」

「何を、言いたいんですか」

「ヘリヴラムの、ヴァルゼル=ヘリヴラムの遺伝子を受け継いだ子は、皆平等の才能を持てるのか、という話です」

「そんなこと、私には分りません。比べる術もありません。今の貴方と、ジェラルトを比べても意味を成さないでしょうし」

「そうですね。剣術から遠ざかった私と、剣術に勤しんできた彼では能力ではなく、積み上げてきたものが違う。彼の方が優秀でしょう……生まれ持てた遺伝子、能力が同じならば、の話ですが」

「変な言い方をする子ですね。ですが、今、貴方のその質問に正しく答えれる者は何処にもおりません。理由は、今貴方が言いました。……今の貴方と、彼が剣を交えたとしても、貴方が不利なのは事実。実践しないことをお勧めします。命を簡単に切り捨てたくはないでしょう」

 ルチアーノはカロムの問いの意図は分からなかった。今、何故ヘリヴラムの血について追っているのか。しかし、彼は一切ふざけていない。話し方と顔で彼女は察することが出来た。

「これは、一つの例えですが、私とジェラルト王子のようではなく、他にジェラルト王子……、ヴァルゼル=ヘリヴラムと、エリザベス=ヘリヴラムの二人に子を成し、彼に実兄弟がいたとすれば、彼らには平等な能力が渡るのでしょうか」

「……それも答え難いですね。ですが、二人の子が同じ腹の中にいた訳ではないのであれば、平等の遺伝子が渡るかもしれませんね」

 またシャロンは空を見つめて、彼女なりの見解を話す。

 カロムは話した彼女にこれまでのように、質問を投げかけることを止めた。そして「なるほど」と一言返せば、彼は質問するのに少し前のめりになっていた姿勢を戻した。


「ジェラルト王子、彼が癇癪を起すようになったのは、いつ頃からですか」

 次の質問へと移れば、カロムはソファーに腰を深くかけた。

「幼少期にも見られましたが、ここ最近は特に多いですね。……そのせいで、付き人も恐がり、ついには誰も名乗り出ることもなければ、逃亡するようにする者もいました。時期も時期ですからね」

「時期、ですか」

「国王交代までもう日がありません。それで精神も参っているのでしょう」

「そう、お考えですか」

 カロムはシャロンの瞳を見ずに、数回自分の指を擦り合わせて、そこを見ながら問いかける。

「そうであれば良い。交代が無事終わり、平穏な精神の安定する生活に戻り、癇癪を起こすことが減れば良い。出来れば、なくなってほしいですが」

 シャロンもまた、カロムを見ようとせず、遠くを見つめていた。


「……聞きたいことは、以上ですか。そろそろ仕事に戻ってもよろしいでしょうか。まだ今日中にしなければならないことが残っていますので」

 ルチアーノを見てシャロンはそう告げる。ルチアーノは一度横にいるカロムを見た。彼はもうこれ以上何かを聞こうという姿勢をしていなかった。


「そうですね。……では最後に、貴女は、彼をどう思っているのですか」


 そう口を開いたルチアーノにカロムとシャロンは驚いた。シャロンすぐに表情を平然に戻し、ゆっくりと立ち上がった。そして、自室のドアを開き二人の出口を作る。

「……どう、とは難しいですね。ですが、一つ今出てきた言葉は、『憎い》、でしょうかね」

 自身の子に思う感情ではないだろう、とルチアーノは思った。しかし、そう述べられた本人、カロムは顔色一つ変えなかった。ただ、日常会話を受け流すようにしていただけであった。

 それなのに、他人の彼女が、シャロンに怒声を浴びせるのもおかしな話だった。

 シャロンは「どうぞ」と、二人を部屋から追い払うように、廊下へと進ませる手を腹の前まで持ってきた。


 二人は留まることなく、シャロンの部屋から促されるままに退室し、廊下を歩いていた。ルチアーノの面持ちは暗く、隣にいる男の顔を数回伺っていた。

「どうされましたか」

「良かれと思って聞いてみたけれど、返事が酷なものだったので、少し傷ついているかと思ってね」

「ああ。最後のやつですか。まぁ、そんなものでしょう」

 実母に《憎い》と罵られたはずのカロムはケロッとしていて、さも当然かのような顔を晒した。


「ところで、貴方の質問、どういうこと? ヘリヴラムの血に関して、なんて」

 ルチアーノは「今更、ヘリヴラムの血がどうした」というようにカロムに問いかける。

「気になったことがあったので」

「へぇ、それは何かしら」

「ただの俺の妄想での話ですから」

「それでもいいわ。嘘は吐かないって約束でしょう?」

「……あまり、根拠のない話をするのは好きじゃありません。ですから、根拠を見つけてから、考えをお話します」

 今度は頑なに自身の考え事を口にしようとはしないカロムに、ルチアーノはムッとする。

「上手く避けたつもり? その根拠とやらはいつ見つかるのかしら?」

「いつ、とは言えませんね」

「酷い言い分にしか聞こえないわよ。根拠が一生見つからないかもしれないってことじゃない」

 ルチアーノは少し、不貞腐れた表情を浮かべた。カロムの言う事に納得出来ていないようだった。


「……いつ、と断言は出来ませんが、必ず、またくると思っています」

「また?」

 意味を含んだ言い方をしたカロムは、ルチアーノに確信を持った顔を見せた後、悪戯っぽく笑った。それはまるで、無邪気な子供のようだった。

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