第11話 覚悟と謎解き
ジェラルトが三人の前で癇癪を起こした日の翌日になって、一つ発覚したことがあった。
「ジェラルト王子自身は、自分が癇癪を起こしていることを知らない?」
「ええ。あの後、外にいたメイドたちから聞いたわ。いつも、あんな状態になって、次、目を覚ませば、何事も無く、自分はいつの間に寝ていたんだって話すらしいわ」
「それを使用人……は、ともかく、王や王妃はジェラルト王子に伝えていないってことですか?」
「そうみたいね。付き人がコロコロ変わる本当の理由を彼自身は知らないのよ」
「それはそれでどうなんだろうね。だって、もう国王交代の日は近いのに」
「? まだ、いつとは決まっては……」
カロムはデリーの言葉を不思議に思った。国王交代の日をいつなのか、彼は知らなかった。知る気もなかったのだから。
「あら、カロム君は世間知らずなのね。既に決まっているわ」
デリーとルチアーノは、カロムの世間の話題への関心の無さに驚いていた。
「いつも僕から噂話を切り出して、君が『知ってる』なんて言ったことは無かったけど、この事も知らなかったのか……」
「悪かったな。興味がないんだよ」
興味が無い、というよりも、王家や国の事に関しては、耳に入れたくないという言葉の方が彼にとっては正しい。
理由は何にしろ、ヘリヴラム家が自分を捨てたことも事実であり、その本当の出生に関しても有耶無耶となれば、国も関与してカロムの存在を無かったことにしようとしていると思えた。
そんな邪魔者扱いをしてくる彼らの話など耳にしたくないに決まっている。
「そんで、それはいつ?」
「二週間後よ。ジェラルト王子の二十歳の誕生日と同時に交代が決まったわ。というよりも、代々、二十歳を迎える時に交代というのが、王家の決まりになっているものよ。それも知らないのね」
デリーとルチアーノは「やれやれ」と声を合わせ、両手を横に出して首を振る。カロムは「ぐっ」と息を飲んで、自分の世間とのズレを痛感させられる。
また書庫内に三人は篭もる。
一人分の資料をかき集め、紙に穴を開け、黒い紐でまとめる作業をカロムとデリーは黙々と行いながら、それを監視するように見ているルチアーノ。三人で駄弁っていた。
「あと二週間って……。昨日も癇癪を起こしたのに?」
「だから、お父様も、国上層部も大慌てなのよ」
ルチアーノは、はぁ、と疲れた表情を見せてから溜息を漏らした。
「交代日を遅くさせればいいのでは……?」
デリーは不思議そうに彼女に尋ねる。慌てるくらいならば、状態が落ち着いてからの交代を試みればよい。
そんなことは彼女も知っている。
しかし、そうもいかなかったのだ。
「それじゃ、王子の癇癪は本当で、そんな彼にこれからの国の未来を任せなければいけないって思った一般国民に、何を言われるか分かったものじゃないわ。噂話は広まっていても、彼らにはそれが本当だと決め付ける手はない。それが単なる根拠の無い噂に過ぎなかったたと思えるのは、何事も無く、国王交代を終えた時よ」
「つまり、隠蔽ってことね」
「言葉が悪いけど、そういうことよ」
「けど、かなりの頻度で癇癪を起こしているってことは、ジェラルト王子が無事に国王となった所で、すぐに国民にもバレるような気が」
「知られる前に何とか治そうという話だろ」
「病院で原因も分からないし、本人は症状すら理解出来ていないのに?」
「それを俺に聞かれても……」
デリーの思うことは最もなことであった。治せと言われて治せるものならば、既にそうしている。それが出来ないから、現在に至る訳だ。
カロムも国上層部の考えを口にしたは良いが、彼もジェラルトの癇癪に関しては治るとは思えていなかった。
「治す、っていうよりも、まずはその原因を探るべきだと僕は思うけどなぁ……」
ボソリとデリーが一言呟く。紐でまた一人分の資料をまとめあげ、まとめた資料を積んでいく。
その言葉にカロムは、一度手を止める。
「原因?」
「癇癪だと聞いていたけど、本人の意識もないし、昨日のジェラルト王子は、まるで何かに怯えているように見えたよ。本当に初日に見た彼とは到底思えなかったよ。きっと気持ちとか精神面の話だろう? じゃあ、何が彼の精神をおかしくしているのか、それを知るべきだとは思わないかい?」
何の気なしに自分の感じていた内容をペラペラと話し出すデリー。
しかし、カロムは彼の言葉を軽く聞き流すことはしなかった。
「そういえば、以前の付き人も、まるで人が変わったようだと話していたと言ってましたよね」
「癇癪を引き起こしているジェラルト王子を目の当たりにした元付き人は、口を揃えてそう言っていたわ」
「まぁ、あれを見れば、そう答えちゃうのも無理ないよね。僕もそう思ったよ」
トントンと紙束を一つまとめ上げ、机でならすように叩くデリーは、一度伸びをした。そんな彼の横で、いつもはやる気の無いカロムが何かを考え込んでいた。
数秒すると、彼は一度目を開き、目を輝かせた。一つ思い立ったのだ。
「ここには王家の使用人たちの資料もあるんですよね?」
「? ええ。この家に関わる者、働く者たちの過去は調べてあるはずよ。王宮で働かせるのに変な輩は入れられないわ」
「僕たちは簡単に入れたのに?」
ルチアーノの言葉に思わず、デリーは疑問を告げるが、ルチアーノがそれを微笑みで返せば、頬を赤くし自分の発言をも忘れたように動揺し始めていた。
「あの使用人。……王妃の食事係のものは、ここにあるか?」
「……カロム君、貴方今、何を考えているの?」
ルチアーノはカロムの考え込んだ表情を目にした。しかし、彼の現在の考えを読むことは出来ず、思わず問いかけた。
「会長様、貴女はこの王家の使用人たちについても全部知っていますか?」
「私の質問に答える気は無さそうね。……私の役目はあくまで学校の管理のみよ。王宮のことについては、ほとんど関与していないわ」
ルチアーノは質問の返答をせずに、質問で返してきたカロムに小言を言ってみたが、諦めたようにして、彼の質問に答えた。
そうすれば、カロムは一度小さく頷いてから、ルチアーノの瞳をジッと見た。
「勝手に他人の資料集めするの、得意でしたよね。じゃあ、手伝ってください」
「私に指図するのね。下っ端の分際で……、と言いたいけれど、理由によっては手助けしないことはないわ。もう一度聞くわ、貴方何を考えているの?」
二人の早口な会話を聞くことに精一杯なデリーは、意味までは深く理解出来ていなかった。
「ジェラルトの出生に関して、資料もほとんどなければ、知る医師や助産師すらも見つからない。このことから、国、もしくは国王自身が何か、出生時に隠蔽したい事実があったと仮定します」
「え、何の話……?」
デリーはカロムを見て、小さく尋ねるが、カロムは返事すらしてくれなかった。
「恐らくそれは仮定では収まらないでしょうけどね。それで?」
訳が分からず置いてけぼりのデリーは、カロムとルチアーノを交互に見る。二人は二人での会話の世界に入ってしまい、デリーのことは見えていないようだった。
「その医師と助産師がどうして出てこないか、は、置いておいて。それ以外に出生時を知ることが出来るのは────」
「生んだ本人。つまり、エリザベス=ヘリヴラムね」
カロムは静かに頷く。
「だが、そんな彼女も部屋から出て来れず、人と話す機会なんて無いに等しい。ある人間以外とは」
「それが、食事係の使用人、ということね」
「王妃に食事を運ぶ使用人が決まっているとすれば、他の使用人たちとその食事係は恐らく何かが違う。外に出れない、いや出して貰えない王妃と唯一接触出来る人間だ」
「その食事係なら、もしかしたらジェラルト王子の出生のことが分かるかもしれない、ということ……?」
「それは何とも言えません。本当にただの食事係なだけかもしれません。それに、何か知っていたとしても、その食事係が簡単に口を割って俺……、いや、貴女にすらもそんな話をしてくれるとは思えない」
「そうね。本人が話す意思がないのなら……」
「ですが、貴女なら、得意でしょう? 自分の調べあげた内容で人を脅すのが」
カロムはそう嫌味を一つぶつけて「ふん」と笑う。それは、カロムをこのヘリヴラム家に連れてきたルチアーノの手段の一つであった。
ヴィンセント家の話を出して、それを聞いたカロムが自分の言う事を聞くように仕向けたことである。
もちろん、ルチアーノは口では言ったが、もとよりヴィンセント家に何かをする気はなかった。
しかし、カロムはそんな彼女の気持ちは露知らず、である。
「ふふっ、人聞きの悪いこと言うのね。手伝って欲しかっただけよ、貴方に」
「どの口が言うんですか。……ほぼ、脅しでしたよ」
「二人とも、さっきから何の話をしているんだい……? 脅すとか……」
二人の会話に狼狽えながら、口を挟むデリー。
カロムとルチアーノは、どちらも少し口角を上げ、笑うようにして見つめ合っている。これから何か仕出かそうとする子供のような顔であった。
それを前にしたデリーは、ゾワリと悪寒のようなもの感じた。
「ヘリヴラムには関与したくないんじゃなかったのかしら?」
先にルチアーノが、カロムを挑発するような物言いをする。カロムは一度、ぐっと黙る。
ヘリヴラムや国上層部のことに関して、遠ざけるようにして生きてきたカロムであれば、これ以上詮索はしなかっただろう。
「ここまで知ってしまえば、そんなことは言ってられません。何処かの誰かさんとの約束もあります。俺はここから逃げることは出来ませんしね」
「何処の誰かしら?」
くすりと魔女のような笑みを浮かばせたルチアーノに、カロムは顔を歪ませて、深い溜息を吐いた。
(ジェラルトの癇癪が治まらなければ、俺たちは一生、この女の下っ端、護衛になることは間違えない。それはさすがに避けたい。それに……)
ニタリとカロムは不敵な笑みを浮かべる。それに対して、気味悪がるように冷たく引いた目を向けるルチアーノ。
(……俺と同じで何も知ることの出来ていない人間もいるみたいだしな)
青ざめ、冷や汗を垂らしたまま床に寝転がったジェラルトの姿が思い出された。カロムの中にある優しさか、国の王子に対する哀れな同情か。
それとも、誇れるべき血を持って生まれた者同士、自身に重ねたか。
そんな何かが、見て見ぬ振りをしてきたカロムの背中を押した。
いざ足を踏み入れてしまえば、自身の中に隠れていた探求心、詮索の欲が駆り立てられた。
(ヘリヴラムとして生きるのは御免だが、ここまでくれば知ってみたいとも思えてしまうな。それにいい加減、目を逸らすのもやめるべきか)
カロムの中に、国王、自分の実父が隠してきたことを暴きたいという欲が芽生えてしまった。
決して復讐をしたいがために、秘密を知りたいなんてものではない。
それは子供が謎解きをしたいという遊び感覚に近かったのかもしれない。
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