ペンギン、浜辺で恋を拾う。

三屋城衣智子

第1話 出会う

 中から見上げた水面が、キラキラと、外界の色とりどりの明かりを反射させている。

 もう暗い水の中は、見渡す限り青と黒の闇をまとって、普段の豊潤ほうじゅんで暖かいイメージとは違いどこか寂しげにうつった。


 夜だ。


 人型に見えるその存在は、自由に泳ぎ回っていた水底から足をばたつかせると浮上し、水上へと顔半分を覗かせ、岸辺へとゆっくり向かった。


 そしてやがて全身を陸にのぼらせると、先ほどまで人間ようの脚だったものは水かきのついた黄色く平たい足に。

 豊かな胸だったものは鳴りをひそめ、そこには黄色い色味が。

 そして水流にたなびく黒く綺麗な長髪は、背中を染める黒い羽毛へと変化した。

 スラリとして水をかいていた両腕は、今はもう指もついておらず団扇うちわのようである。


 ペンギン。


 地上の生き物は皆、陸に上がった姿をそう呼んだ。




「ん、やっぱりいつきても、空気がまずいわね!」


 彼女、ことペンギンはそう言い放つと、ペチペチと川岸を歩く。

 ここは海と川とを繋ぐ河口付近で、夜中と相まってか釣り人がぽつりぽつりと岸を賑やかしていた。

 大体は四十代から五十代に差し掛かろうという男性だ。

 たまにそこに混じって、女性の、二十代くらいだろうかという人も混じってはいる。

 その脇を、気にもせずペンギンは進んだ。


「おう、清美きよみ。今日も散歩かい」

「ええそうよ、今日は特にネオンが綺麗だから見にきたの」


 彼らはペンギンが川岸を歩いていることに驚きもせず、また声をかけたことに返事するのも、まるで当たり前のように受け入れている。

 どうやら、普段の風景らしい。


「ああ、対岸のやつらは今日お祭りだったっけか」

「一年に一度のバカさわぎだ。確かに今日は一番キラキラだろうよ。大事な電気様だっつうのに、お気楽なもんだ」

「ことの大きさがわかってねぇからな、あいつら」

「友達が、一張羅いっちょうら着て彼氏と一緒に見に行くって言ってましたよ。危ない目に遭うからやめとけって言ったんだけど」


 釣り人のおじさんとおねえさん達は一人目を皮切りに、銘銘めいめい文句を言っている。


 それに相槌あいづちを打ちながら、ペンギン――清美は河口へと向かった。


 川でこれだけ綺麗なのだ。

 海まで行ったら、そのギリギリまで乱立する対岸のビル群のことだ、さぞかし海面にキラキラと明かりが反射してすごいことだろう。

 清美の頭には、そのことしか浮かんではいなかった。




 ※ ※ ※




 川岸の土手道沿いにいる釣り人達と会話をしながら、清美は進んでいく。

 ビル群さえ目に入れなければ、左は豊かな川、みぎには緑豊かな植栽があり目に優しい。

 人の足より一歩の距離が少ないからか、着く頃には空に浮かぶ天体がだいぶ首をもたげてしまっていた。

 それでもまだ、対岸の光はこうこうと灯っている。


「やっぱり陸に上がって正解ね」


 清美は砂浜に打ち上げられた流木を見つけると、対岸の方へと向いて座った。


 波は穏やかにさざ鳴いて、聞くものの心を哀愁に誘っている。


 彼女がその音に聞き入っていると、ふと、そこに異音が混じっていることに気づいて、あたりをつけた方向へと目をやった。

 見やった先には、若そうな男が一人、うめき声を上げながら伸びている。

 何があったのだろう。

 清美は流木から離れると、恐る恐るその人物へと歩みを進めた。


 彼女と同じ二十歳あたりだろうか。

 髪は茶色く染められているようで頭頂部は真っ黒な地毛が一部見えていた。

 海で泳いでいたのか、サーフィンでもしていたのか、上半身裸の海パン姿である。

 相手が動け無さそうなのを見てとると、清美は安心して観察を続けた。

 海パンはどこぞのブランド物らしく、CMでイケメン俳優が宣伝していたなと思い当たった。

 どうやら、割といいところの会社に勤めているか、自身がお金持ちのようだ。


 不躾にジロジロ見ていると、ふいに相手が顔を上げ清美と視線がかち合う。


「ど……どどどどうもっ」


 男は彼女に実に奇妙な声かけをした。

 変だ。

 清美は警戒しながら、それでも人の礼儀だからと少しの間をおいて挨拶を返した。


「どうも」


 男はそれに気を良くしたのかさらに言葉を重ねる。


「月が綺麗ですね!」

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