よくある@底辺校

すらなりとな

標語を決めよう!

「えー、今日は市で募集しているポスターの標語を考えてもらいます!

 生徒だけで決めないといけないみたいだから、先生は横で見てます。

 司会は――七瀬さん、お願い」


 社会の授業中。

 私は、先生に運悪く指名されてしまった。


 正しくは、指名されたのは私じゃない。

 妹のたんちゃんだ。


 お父さんが作った変なゲームをやっていた私は、ゲームで設定したアバターの宝石になってしまい、その宝石を拾ったたんちゃんに憑りついてしまった。


 ――相変わらず意味不明ね。


 こんな感じで、たんちゃんとは意識を共有しているが、身体はたんちゃんだ。

 だから、私は今、たんちゃんの学校に通っている。


 たんちゃんの学校はいわゆる底辺校だ。


 今、この授業中も、おしゃべりの声が響き、携帯やらゲーム機が鳴り、カップ麺にお湯が注がれ、床には布団が広がり、空中では枕や野球のボールや紙飛行機が飛び交っている。


 そんな中で、いわゆる進学校に通っていた私は――多少は慣れたつもりだが、ちょっと浮いている。

 このせいで、先生に指名されたのだろう。


 ――ああ、もう、めんどくさいなあ。

   ちょっと、先生に、お前がやれって言ってくんない?

(たんちゃん、さっき先生がそれ無理って言ったところだよ?)


 私は頭の中でぶー垂れるたんちゃんをなだめながら、先生から標語の決め方が書かれたプリントと、飛翔物よけのビニール傘を受け取ると、教壇に立った。


「えーっと、標語を考えないといけないから、みんな書いてくださいだって」


 プリントを読みながら声をかけるも、当たり前のように誰も聞いてない。

 と、思いきや、一部のたんちゃんの友達や不良さんたちは、こっちに手を振ってくれた。

 手を振り返しておく。


「じゃあ、募集用紙配るから、よろしく?」


「たんちゃんせんせー! 思いつかなかったらどうすればいいっすかー?」

「たんちゃんせんせー! 昼食ってないから食いに行っていいっすかー!」

「たんちゃんせんせー! ゲームで忙しいんすけどー!」

「たんちゃんせんせー! ねむいっす!」


 しかし、上手くいかないもので、あっちこっちから質問が上がった。


「ああ、うん、思いつかなかったら名前だけ書けばいいよ?

 お昼食べてない人は、なぜか教室の後ろに積んであるカップ麺で我慢してね?

 ゲームはやりながらでもできるよ?

 あと、眠い人は先に十分だけ寝て、それから頑張ればいいんじゃないかな?」


 私は答えながら、一人ひとり募集用紙を配っていく。

 教室の前の席の人に渡して後ろの人に回して、なんていう普通の高校のようなことはできない。途中で回らなくなるのが目に見えてるし、そもそも、きちんと机が列をなしていない。

 事実、みんな机に置かれた募集用紙を置いて、カップ麺を取りに走っている。


 ――お姉ちゃんもすっかり底辺校になじんだね?

 (うーん、悪い気はしないよ? みんないい子だし?)


 頭の中のたんちゃんが、なにか変なものを見るような雰囲気を醸し出しているが、なぜだろうか?


(それはそうと、たんちゃんも考えてね?)

 ――げ、私もやるの?


 教卓に戻ってたんちゃんに頭の中で声をかけると、嫌そうな声が返ってきた。


 ――めんどいから、お姉ちゃんやってくんない?

(え? ダメだよ、たんちゃんの勉強だし、たんちゃんがやらなきゃ。

 それに、私だって忙しいし)


 主に、飛んでくる飛翔物を傘で受け止めたり、告白してくる男子生徒を断ったり、野球のボールを打ち返したりするのに。

 たんちゃんは諦めたのか、黙って考え込み始めた。


「たんちゃんせんせー! できたぜー! だから付き合って?」

「うん、ありがとう、付き合うのは無理だけど、募集用紙は貰っとくね?」


「たんちゃんせんせー! こんど服買いに行かない? 私も清楚系ほしいし?」

「ん、いいよ? でも先にメイクと髪の色から変えた方がいいかな?」


「たんちゃんせんせー! ここから先進めないんだけど?」

「あ、そのゲームなら先に別のダンジョン攻略しないと無理だよ?」


 意外というべきか、たんちゃんが悩んでいる間にも募集用紙は返ってきた。

 ちゃんと名前だけじゃなく標語も書いてある。

 授業時間の半分くらいが過ぎて、プリントにある標語の決め方の通り、


「はい、じゃあ、いったんみんな提出してー? できてない人もそのままー」


 と、声をかけるまで、結構な数の標語が集まった。


「えっと、じゃあ、みんなの提出した標語の中から、市に応募する標語を決めます。

 集まったのは――」


 私には三分以内にやらなければならないことがあった。挨拶です。

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。ゲームです。

 あーしには三分以内にやらなければならないことがあった。返信です。

 お母さんには三分以内にやらなければならないことがあった。犬の散歩です。

 みんなには三分以内にやらなければならないことがあった。忙しいし余裕ないし!

 I had something to do within three minutes.あ、ダメだ、無理、思いつかない。

 英語のバカには三分以内にやらなければならないことがあった。休むことです。


 みんな、書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』となっている。なぜ?


 ――あーそれは、あれね。

   今日、購買で新しいカップ麺が入荷されたから、それの関係ね。


 ああ、それでカップ麺が積んであったのか。

 そういえば、みんなカップ麺を食べながら考えていた。

 三分の空いた時間で何かできることがないか考えた結果、こうなったのだろう。

 一人で納得していると、さっちゃん(たんちゃんの友達のギャル仲間)から声がかかった。


「たんちゃんせんせー、カップ麺、たんちゃんの分もあるけど、どうする?

 早く決めないと、伸びちゃうよー?」

「あ、ちょっと待って、今決めちゃうから」


 ――ちょっとお姉ちゃんそこでやる気出さないでよ!?


 たんちゃんは何か言っているが、私としてはごくまっとうな理由だ。

 だいたい、たんちゃんだって、「私には三分以内にやらなければならないことがあった。宿題です。」と、しっかり教室に飛び交う電波を受信している。


 さっさと決めてしまおう。

 手っ取り早く決めるとすれば、


「多数決だね」

「は?」「たんちゃんせんせーそれはないぜ!」「どれがいいかわかんないし」「ていうか、これ何の標語?」


 突然真面目にならないでほしい。

 仕方ないな。


「じゃ、代表に選ばれたい人は?」

「はぁ?」「たんちゃんせんせーそれもないぜ!」「俺のが一番だし」「は? 俺のだし」「いや、だから、これ何の標語募集してんの?」


 おかしい。みんなクレームばかりだ。

 こんなどうでもいい課題など、テキトーにさっさと終わらせればいいものを。

 さっきまでみんないい子だったのに、いったいどうしたんだろう?


 ――ああうん、そういうノリになったんじゃない?

   うちみたいな底辺校って、こういう事があるのよ。


 ノリでここまで変わるとは、恐ろしい。これが底辺校か。

 どうやら、私もまだまだ馴染んでいなかったらしい。

 一人で悩んでいると、


「たんちゃーん、標語早く決めないとー、カップ麺どうすんのー?」


 さっちゃんから聞き捨てならないクレームが飛んできた。

 そうだ!

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。標語を決めることです。


「ええっと! じゃあ! 今! 決めました! 全部入れましょう!」


 私は、決まった標語を黒板に書いた!


  私達には三分以内にやらなければならないことがあった。

  挨拶に返信にゲームに犬の散歩に宿題に……もう無理多すぎ思いつかない!

  忙しいなら! 余裕もって! それでもダメなら! 無理せず休もう!


 我ながら、どんなポスターにも使える汎用標語になった気がする。

 心のSOSでも、ハラスメント防止でも、過労死対策でも、なんでもOKだ。


 教室から、歓声が上がる。

 先生も、にっこり笑ってうなずき。

 ちょうどよく、チャイムもなった。



―――――☆



 後日。

 私は、先生に標語の件で呼び出されていた。


「あのね、七瀬さん、みんなで決めてもらった標語なんだけどね?」

「実はあの標語ね、心のSOSでも、ハラスメント防止でもなくてね?」

「もうすぐ近くにできる、サファリパークのポスターの標語なの」

「え? それ標語じゃなくてただの宣伝だって?」

「それはその、市の観光課を通しての依頼だったから、先生、勘違いしちゃって」

「ほら、地元の高校生が考えたキャッチコピーって、受けがいいじゃない?」

「みんなの標語はね、本当に素晴らしいものだと思うんだけど。

 その、最優秀賞は『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』なの。

 えっと、やっぱり先方もサファリパークだから、ちょーっとバッファローには勝てないかなって」


 余談だが、今の私は、ゲームで設定したアバターと同じ魔法が使える。

 その中に、「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」という、とても分かりやすい攻撃魔法がある。


 私は先生に、呪文を唱えた!


 その瞬間、突っ込んでくるバッファローの群れ!

 破壊される職員室!

 壁に穴をかけ、爆走して去っていくバッファロー!

 ちなみに敵味方全体攻撃魔法だから、私も吹っ飛ばされている!


 気が付けば、サファリパーク。

 動物たちはバッファローに恐れをなして逃げだしたのか、誰もいない。

 ただ、山の上から見下ろす町は、とても見晴らしがいい。

 さっきまでいた高校は、底辺高らしく、壁に穴が開いていて――


 ――なに冷静に観察してるの! さっさと魔法で治しなさい!


 仕方ない。

 私は、もう一度呪文を唱えて、バッファローに学校まで送ってもらった。


 ――ねえ、私の身体ってこと、忘れてない!?


 さらに後日。


 授業中に、さっちゃんが話しかけてきた。


「たんちゃん、カップ麺食べる?」

「たべる!」

「あ、それと知ってる?」

「知らなーい」

「サファリパークだけど、猛獣が逃げ出したとかで、開園中止になったんだって」


 私には三分以内にやらなければならないことがあった。

 バッファローに破壊された、サファリパークを再建することだ!

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