【カクヨム限定】本編予告

本編予告・その1 あの日の約束

<はじめに:2024年5月7日修正>


 今作は本編を執筆している時点での設定に基づいたものとなっております。了解の上でお呼びいただければ幸いです。


 ◇◇◇


 ユータが幼なじみにサヨナラされた。

 その話を聞いて、アタシは密かにほくそ笑んだ。


 他人の不幸を笑ってはいけないっていうのはアタシ自身がよくわかっている。だけど、そうせざるを得ない。というのも、あの時アタシこと小泉こいずみ奏音かのんと同じ学校のナツこと高橋たかはし奈津美なつみ、お互い別々の学校に通っているアスナこと宍戸ししど明日奈あすな、エレナこと平塚ひらつか英玲奈えれなの四人と交わした約束を実行できるのだから。

 アタシは勉強しながら裏でスマホをタップして、ナツに連絡を入れた。


 約束を交わしたのは、三校のチアリーディング部が一堂に集まる合同合宿の初日の夜のことだった。アタシたち一年生は合宿初日、指導のためについてきた日野先生の指示の下でグループを組んだ。


 グループのメンバーはアタシ、ナツ、アスナ、そしてエレナの四人だ。スタンツのポジションはアタシがトップで同じ学校のナツはスポッター、アスナとエレナはベースを担当することになった。


 アタシとアスナ、エレナはキッズチアの経験があるとして、ほぼ未経験に近いナツがスポッターを任せるのはいかがなものかと日野先生に相談した。しかし、日野先生は何事も経験を積んだほうが良いんじゃないの? と笑顔で返した。


 初心者のナツにスタンツなんてこなせるのかな? と最初は私も疑問に思った。しかし、経験者であるエレナとアスナはナツをサポートしてくれた。


 その日はスタンツについての初歩的なことや気を付けなければならないことなどを説明しつつ、簡単なダブルベース・サイ・スタンドに挑戦した。アスナとエレナのコンビネーションとサポートのお陰で、見事にアタシは二人に支えられることが出来た。


 アタシたちの様子を見ていた日野先生は笑顔を見せながらエレベーターに挑戦してみたら? とアタシたちに問いかけた。先生の提案に、突然ナツは文化祭と同じような怯えた表情を見せた。


「わ、私が奏音を持ち上げるの? 出来ないよ、そんなこと……」


 この顔、どこかで見たことがある。ケガをした四組の子の代わりに日野先生からナツがセンターをやってくれと頼まれたときの顔だ。


 あの時はいつもアタシの話を聞いてあげているユータに励ましてもらったけど、今回は違う。ユータが居ない分、アタシが何とかするしかない。アタシでは役不足かな……と思ったその時だった。


「気持ちを落ち着かせて、リラックスして支えてあげてくださいね」

「そうだよ! 経験者のあたしたち三人が居るじゃない! 自信を持って! やれば出来るよ!」


 普段は別々の学校に居て、対抗戦ではライバルとなる二人がナツを力強く励ましてくれた。ナツは二人の励ましに気をよくしたのか、途端に笑顔を見せた。


「ありがとう、二人とも」


 アスナとエレナが笑顔を見せると、アタシはナツたち三人に支えられながら……。


「One, two, down, up!」


 掛け声とともに持ち上げられる。

 アタシの視界には、スタンツに四苦八苦する一年生と既に手慣れた二年生の先輩たちの姿が見える。ああ、苦労している子たちって昔のアタシを見ているようだな、って。


 アタシもキッズチアを始めた頃は、周りについていくのが精一杯だった。他の人に比べると自信がなくて、ママに頼んで辞めようと思っていた。しかしママは聞く耳を持たず、どうしていいかわからなかった。


 しかし、そんな時にコーチがアタシにいい言葉を教えてくれた。


「『他人は他人、自分は自分! 人生全ての答えは己の中にあるんだ!』。自分の評価を決めるのは周りの人たちだけど、その中で奏音ちゃんがどう思うかだよ。自分で自分を納得させないと」


 コーチの言葉は、実はアタシのクラスメイトが好きな漫画のワンシーンから採ったものだ。ただ当時のアタシは元となる作品のことは全く分からなかった。だけど、その一言でパッと目が覚めた。


 アタシはアタシ、他の人は他の人。だから、アタシは精一杯やれることをやろう。


「One, two, up, down!」


 掛け声とともに床に降り立つと、アタシは得も言われぬ爽快感を味わった。


 また彼女たちと高いところの景色を観たい。二人は他校生だからその夢は適わないだろうけど、せめてナツとだけは一緒に高いところからの景色を見たい。それが、無事スタンツを終えて床の上に立った時のアタシの気持ちだった。


 そして日は暮れ、夕食と入浴を経て自由時間になった時のことだった。


 アタシとナツ、アスナ、エレナの四人は同じ部屋で勉強をしていた。夏休みが終わると、アタシたちの学校だけでなくアスナとエレナの学校も同じように実力テストが待っている。それに併せて、先生から大量に用意された宿題も片付けないとならない。そこで、合同合宿を利用して勉強会を開くことになった。


 しかし、頑張ったのは最初の三十分だけで、時間が経つと勉強どころかお互いのことを話したがるようになった。話のきっかけを作ったのは、当然ながらアタシだった。


「ねぇ、アスナ」

「勉強中に何、奏音?」

「アスナの学校ってどうなの?」

「私? 私が通っている高校は穏やかな校風だけど、応援団が独特な雰囲気を醸し出しているの。応援団の先輩も厳つい人が多いけど、私の姿を観たらいつも鼻の下を伸ばしているのよ」

「ねー明日奈、それってマ?」

「マってどういう意味なの、英玲奈」

「マってのはマジ? ってことよ。同じJKなのに、今どきの言葉も分からないの?」

「そんなことないわ。それより言葉遣いはきちんとしたほうが良いわよ、英玲奈」

「はーい」

「間延びした返事はしないで」


 アスナは冷たい見た目に反してナツよりも背丈がちょっとだけ大きく、胸だってナツよりもちょっとだけ大きくなっていた。最後に顔を合わせたのは中一の夏で、あの時はチアの動きが忘れられないって話していた。対面で会ってもここまで成長するなんて思わなかったけど。


「ともかく、男の子にちょっとエッチな目で見られることが多いから、恋なんて考えたことはないわね。一緒になって勉強する相手が欲しいのに、ちょっと物足りないわ。それじゃあ、そんな英玲奈はどうなの?」

「あたし? 明朗活発で容姿端麗だから、男の子が寄ってくるのよね。運動部の汗臭い野郎ばかりでなくて、文化部の子や帰宅部の子も居るけどイマイチな感じ、かな」

「英玲奈、こないだ処女を捨てたって喜んでいたのに、その子……じゃないや、大学生とはどうするつもりなのかしら?」

「明日奈に言われたくないなぁ。あたしだって年頃の女の子よ、男の人とエッチだってするよ。こないだはその彼と……」

「ストップ! これ以上話すと勉強どころじゃなくなるから、自制してよね、英玲奈」

「ちぇっ、もうちょっと話したかったのに」


 エレナもアスナと似たような感じだけど、久しぶりに会ったエレナはエッチな雰囲気が漂っていた。身長と体型はおろか、こういうところでもオトナになるとはね。アタシにとってはエレナもアスナも長年一緒にキッズチアをやってきた友達だから、処女じゃなくなっても友達づきあいは続けたい。


 その一方でナツはどうなのかというと、さっきのエレナの話を聞いて顔を赤らめていた。するとエレナはパーソナルスペースなどお構いなしにナツのすぐそばまで駆け寄って、ナツを背後から抱きしめた。


「ねー、なっちゃんはどうなのかな? こんなに胸をおっきいのに、彼ピが居ないのはもったいないじゃない?」

「か、彼ピって……。私は、別に、その……」

「いいじゃん、話しなよ。女の子どうしでしょ? 気にすることないって!」

「わ、私は……、もちろん居るよ。片思いだけど。普通の子だけど、カッコいいことを言って私を励ましてくれたんだ。ダンスの腕では希美にかなわない私に対して、『お前はお前らしく自分を信じて歩けばいい! そうすりゃあ必ず道は開けるさ!』ってカッコいいことを言って励ましてくれたの。だから、あの時大役を果たせたし……。恥ずかしいからやめなよ!」


 ナツは興奮気味に全てを話すと、ようやく自分の座る場所に戻った。


 ユータがあの時励ましてくれたおかげで、ナツはノゾミの代役を果たすことが出来た。ユータにだったらナツを任せられそうだ。


 しかし、ユータ一人が彼女と付き合うのはとてつもなく荷が重すぎる。仮にナツが間男の手に落ちたとしたら、ユータのショックは大きいだろう。


 それならば、アタシたち三人で支えてあげればいい。ナツの恋を成就させるためならば、アタシたちはどうなってもいい。

 アタシは真顔になり、三人を呼び寄せる。


「ねえ、いい考えがあるんだけど」

「なぁに、奏音」

「何なのかな、カノちゃん」

「なんなのかな、奏音」

「誰かの恋が実ったら、皆でその恋を応援するってのはどうかな。アタシを含む四人のうち一人が好きな男の子に告白したら、そのことを皆で共有するの。アタシを含めて三人はその男の子のバックアップ要員……ってのはどうかな? もちろん、指揮するのはアタシね」

「なるほど、いいアイディアね。私も一緒に大学受験を目指して勉強する相手が欲しかったから、ちょうどいいわね」

「あたしも乗った! あたしだったら、その子に女の子の良さをたっぷりと教えてあげようかしら」

「もちろん、私も」

「じゃあ、決まりね」


 アタシが右手を手前に出すと、他の三人もアタシの右手の上に互いの右手を乗せた。


「約束しよう。アタシたちの誰かの恋が実ったら、他の三人でその恋を応援すること! いいわね?」


 アタシがそう話すと、他の三人はしっかりと頷いた。その手を離すと、アタシたちはまた消灯時間になるまで勉強に勤しんだ。同じ学校や他の学校の生徒たちが騒がしくしている中でも、互いにやるべきことはやった。


 まさかこういう形であの約束を実行できるとは、アタシは思わなかった。

 そうと決まれば、ユータには一生の運を使い切っても手に入れることが出来ない女の子たちと甘い恋に落ちてもらおう。もちろん、このアタシもその末席として加わるまでだ。


 アタシにとって、これは願ってもみないチャンスだ。

 何せ、今までチアの練習と軽音楽部の練習に勤しんできたせいで考えてこなかったことに挑めるのだから。


 朝のショートホームルームが始まる時間を利用してチャットアプリに文章を打ち込みながら、これからのことを考えるとアタシは楽しくなってきた。


 ユータ、アタシ……、いや、アタシたちと一緒に楽しいことをしよう。

 今までのことを忘れさせるくらい、楽しいことを、ね。


 ◇◇◇


<あとがき>


 拙いながらもショートストーリーを読んでいただき、ありがとうございました!

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 本編トップページ:(準備中)

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